ある文庫本の不思議

私は地方都市の大学に籍を置いていました。
麻雀だのなんだのと不真面目極まりない学生でしたが、何となく本を読むことは好きで、大学の近くにある古本屋にはちょくちょく顔を出していました。

ある日のこと。
何かめぼしい本はないかと古本屋の陳列棚に目を走らせていたところ、店主から声をかけられました。
最近さる旧家から本を何十冊か買い入れたそうで、まだちゃんとした整理は出来ていないが良かったら見てみないかとのこと。
馴染みの客に対するちょっとしたサービスだったのでしょう。

店の奥にあった段ボールの蓋を開いてみたところ、どうも専門書の類が多く、私が読みたいジャンルは見当たりません。
しかしせっかくの店主のご好意を無碍にする訳にもいかず、あれこれ吟味していたところ、1冊の文庫本に目がとまりました。

どうやら大学生を主人公にした小説の様で、専門書ばかりが入っている段ボール箱の中で少し浮いている印象を持ちました。

実は私は現代小説というのが苦手で、大学生を主人公にした小説なんて普段なら読もうとはしないのですが・・・。
たまにはこういうのもいいかも知れないと考えました。
文庫本を購入した私はアパートに帰宅し、さっそく読み始めたわけです。

主人公は山下という大学生。
サークルに恋愛に、充実した日々を過ごしている様です。
同じ大学生とはいえ、自堕落な生活を送っていた私にとって、架空の人物とはいえ山下はうらやましい存在でした。

しかしながらストーリー的には山場らしい山場も無く、山下の日常生活をオムニバス的に描写しているに過ぎません。

一体この作者は何を言いたいのだろうと、いささか退屈に感じつつも、私は小説の醸し出す妙な雰囲気に呑まれていきました。

いつの間にか終章です。
終章は、山下がふらりと立ち寄った古本屋で一冊の本を手にするところから始まりました。
普段は読書などしない山下でしたが、何となく気になってその本を買ってしまいます。

その本には、授業にも出ず、毎日をだらだらと過ごす大学生の毎日が描かれていました。
いわゆるリア充である山下にとって、そういう大学生活は小馬鹿にして然るべきものではありましたが、半面、誰に気を使うでもなく、のんびりと過ごすその毎日はうらやましいものでもありました。

「こういうのも、いいかもな」

小説は、そんな山下の独り言で終わっていました。

何なんだ、これは。
結局のところ、内容らしい内容など全く無い、つまらない小説でした。
私は文庫本を放り投げ、中っ腹で寝てしまったのです。

「おい、起きろって」

体を揺らされて私は目を覚ましました。

どこだ?
喫茶店?

確か、アパートにいた筈・・・。

「寝てないのか?」

同年代の男が私に笑いかけます。
誰だという私の問いかけに男は呆れた様に言いました。

「寝ぼけてんのか?」

いまいち話が見えていない私でしたが、男の口から出た次の言葉で、何が起きたのか、無理にでも理解せざるを得ませんでした。

「今から合コンなんだからしっかりしろって、山下」

コートの内ポケットには内容ががらりと変わってしまった文庫本が入っていました。
もちろん、その主人公の名前は・・・。
あれから何度読み返したか分かりません。

「ああいうのが良かったんだ」

何度そうつぶやいたことか分かりません。

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