俺発狂寸前

その手紙が初めて届いたのは、10年ほど前のことだ。
今どき封書なんてよっぽど大切な知らせかと思ったが、差出人の名がない。
いったい、誰から?

『あなたが必要です』

中の便箋に書かれていたのは、それだけだった。
簡単すぎる1行だが、読みようによっては熱烈なラブ・レターにもなる。
しかし、私はもうそんな年ではない。

単なるイタズラとも思えない。

あなたが必要?

このひとりぼっちの私のことを必要としてくれる人間がいるのか?
私は紙切れを持ったまま考え込んだ。
そうだ、もしかしたら・・・その時、電話のベルが鳴った。

「あの・・・もしかしてあなた、手紙くれなかった?」

別れた女房だった。話を聞くと、彼女のところにも、私に来たものと全く同じ1行が記された、謎の手紙が届いていたのだった。
私は別に照れることなく、実は自分も同じことを・・・・・・。
つまり、彼女が私に送った手紙なのではないかと考えていた、と告白した。
私達は大笑いした。
謎は謎のままだったが、でもその手紙がきっかけになって、私達はよりを戻したってわけだ。

さて、この手紙は私や妻だけではなくありとあらゆる人々に送られていたのだ。
しかもそれから毎年、同じ時期に、同じ文面のものが届けられるようになった。
数年も経つと、それが自分だけでなく、国中のありとあらゆる人間に配達されているものだということを知らない者はいなくなった。
誰が何のためにやっているのかわからなかったが、やがて誰もが、これを定例の行事として受け入れた。

毎年、秋風が吹き始める頃。
ぼんやりと寂しい日常の中すっかり忘れかけている時、ふいにその差出人不明の手紙がまた届く。
そして、「あなたが必要です」、そう告げられる。

もしかしたら、自分のことを必要としてくれる人がいるかもしれない。
誰もが一瞬、本気でそう思う。

そうだ、自分だって必要とされている。

誰に?

自分もまた、必要としている。

誰を?

そうして、皆、思い思いに誰かに連絡を始める。

けんかして気まずくなっていた恋人に。
家出したきりになっていた実家の両親に。

たくさんの人々がそれで仲直りした。
それが縁で新しく出会った人々もいた。
たった一口のブランデーが凍えた体に血を巡らせるような、この手紙にはそんな効果があった。

病んだ都会で、皆、疲れ果てながら生きている。
おびただしい数の不幸や不運が、メッセージを待ち望んでいた。

その文面はわかりきっている。
しかし毎年たくさんの人々がこれで勇気を、友情を、愛情を取り戻してきたのだ。

自殺を思いとどまった人もいる。

今年も、例年と同じように、他の人々と同じように、私は手紙を受け取った。
封を開き、ほっとするようなわくわくするような、不思議な気分で白い紙を取り出す。

・・・私は自分の目を疑った。
今年のメッセージは、例年のものと違っていたのだ。
そして、この手紙の差出人が本当にやりたかったことを理解し、慄然とした。

そこにはこう書いてあった。

「お前は、もう不要だ」

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