暑くなって参りましたね。
こう暑い日は冷房の温度を目いっぱい下げて、といいたいところですが、何かと光熱費がかさむので扇風機でがまんしている今日この頃です。
扇風機と言えば思い出します。
今はもうないのですが、少し前まで古めかしい扇風機が家にありました。
いかにも高度経済成長期に大量生産されたような昭和デザイン丸出しのボロ扇風機で、元々は全体が白かったようなのですが、激しく日に焼けたせいか、もはやアイボリーといったような状態で音も非常にうるさい。
ある夏の日、そうですね、私が小学校にあがったばかりの頃だと思いますが、子供の頃誰しも経験があるように、私も扇風機に向かって「あ゛ー」とやっていたわけです。
すると高速で回転するハネの向こうか、ラジオのような声が途切れ途切れ聞こえてきたんです。
「あーもしもし!俺は◯◯精神病院に閉じ込められているから早く助けてくれ!」
今思えばそういった内容だったと思います。
私は何分小学生、それも低学年だったわけですから、細かいことはわからなかったわけです。
ただ「閉じ込められている」とか「助けてくれ」という言葉から判断して、何か大変なことが起こっているのだと思い、とにかく必死になって「すぐに助けてあげるから待っててください!」などということをひたすら叫び続けたわけです。
ふと気配を感じて後ろを振り返ると、私の母が立っていました。
魚みたいに無表情な顔をして、私をじーっと見下ろしていました。
母:「◯◯ちゃん、明日はいい所に連れて行ってあげるから学校はお休みしましょうね。」
気がつくと扇風機は止まっていて、先ほどの声はまったく聞こえなくなっていました。
翌日、家の前に黄色いタクシーが止まっていました。
私は父と母に挟まれるようにして座席に乗せられました。
私:「ねえこれからどこへ行くの?」
私がそう言っても父と母は何も答えてくれませんでした。
しばらくタクシーは走り続けました。
どこかの山の方へ上り坂をぐるぐると登っていきます。
そして着いた先の建物が◯◯病院でした。
母:「◯◯ちゃん、今日からここで暮していくんだよ。大丈夫よ、お母さんやお父さんはちゃんと顔を見せに来るから心配しないでね。」
父:「◯◯なら大丈夫だ。がんばれよ。」
二人はそう言うとタクシーのドアを閉め帰っていった。
ポケットの中で、溶けて銀紙から溢れたチョコレートが手の平をベッタリと覆っていた。
私がそのチョコレートを舌で舐め取ると、貧相な手相がふてぶてしくも私の物悲しい未来を予知していたのである。