死んだはずの人が生きてた事になってたって話。
今から大体15年位前の金曜日の夜。
当時実家暮らしだった時に祖母から来客が来るって話があった。
その人は祖母の遠い縁の女性で戦争で結婚したばかりの旦那さんを亡くして一人になり、その後は再婚せず子供もいないまま一人で生きていた。
最近まで俺の家から遠い場所に住んでいたけど体が弱くなってきて、最期は旦那さんとの思い出がある場所で過ごしたい、という話になり、折角だから途中にある俺の家に挨拶に来る、という話だった。
その人(以下おばさん)はかなりの年の割にまだまだ元気で、「私よか長生きするだろねー」、と祖母は笑ってた。
俺にとっては単なる祖母への来客だからあまり気にしなかったけど、「あんたも挨拶しなよー」、と祖母に結構念を押されたのを覚えてる。
んで土曜日、確か昼過ぎ位。
母親に起こされた。
俺は金曜夜の祖母との話の後夜更かししてその時間まで寝てた。
お客さんが来たから挨拶しろと・・・。
”あの”おばさんが来たらしい。
俺は二階で簡単に寝癖を直して着替えて、下の和室に行った。
和室の襖を開けた時、昨日まで重かった襖が軽い力で動いた。
祖母が来客だと気合を入れて掃除して襖の溝にも蝋を塗ったらしい。
でもそんな事俺は知らなくて、いつもの力で襖を開けようとした。
要は力が余計過ぎて、襖をスッパーーーーン!!と思い切り開けてしまった。
和室では驚いた顔のおばさんと祖母が俺を見ていた。
気まずくて申し訳なさもあったけど俺はちょっと笑いつつ「こんにちは、遠路はるばる」みたいな挨拶をした。
おばさんは確かに年齢より若そうだった。
和室の座布団にピシっと正座していた。
そして物凄く驚いた顔でこっちを見ている。
確かに俺が驚かせてしまったけれども、ちょっとオーバーな気もした。
目を思い切り見開いて、口もなんだか半開きで、信じられない物を見ている様だった。
俺もなんだか動けなくて、挨拶してから10秒位はたったままだった。
そしたらおばさんが倒れた。
正座していたから倒れたっていうのはおかしいかもしれないけど・・・。
こう、体の力が抜けてへちゃっと崩れるような感じ。
驚いておばさんに近寄る祖母と俺の後ろから駆け寄る母親。
俺は「え?俺のせい?」と思いながらもおばさんに近寄った。
おばさんは心配する祖母も母親にも見向きもしなかった
崩れた後も俺をひたすらに凝視して、更に泣き出した
俺がおばさんの手の届く距離でしゃがんだ時に、すっと俺の手を両手で握った。
嗚咽を漏らしながら俺の手を摩る様に、まるで存在を確かめる様に大泣きしながらだから全く聞き取れなかったけど、誰かの名前を呼んでいる様に聞こえた。
おばさんが倒れて(崩れて?)からちょっと経って、おばさんの体調が良くないのでは?、との両親祖母の判断で病院に行く事になった。
俺は詳しく知らなかったけどおばさんは心臓が良くなかったらしい。
体に負担が掛かったから、という見方もあったかも。
俺は蚊帳の外に置かれて、おばさんは救急車で病院に行った。
救急車がサイレンを鳴らしていなかったのを覚えてる。
夕方頃になって、父親だけが帰って来た。
父親が、おばさんは大丈夫だという事、お前に会いたがっていると言った。
なんで俺なのか分からなかったけど、お見舞いが出来るなら行くべきだと思って俺も病院に向かった。
その頃には夕方になっていたと思う。
病院に着いたのは太陽が沈み始めてる位の時だった。
その日の昼に運ばれてその日の内にお見舞いが出来るのか?と思ったけど・・・。
俺は病室に通された。
個室だったのかは曖昧だけどおばさんは一人でベッドに寝ていた。
おばさんは俺をみると「○○ちゃん?」と俺の名前を呼んだ。
おばさんのまともな声を聞いたのはそれが初めてだった。
俺がそうだよ、と答えると「そうよね、○○ちゃんだよね、ごめんね」と言った。
おばさんが半身を起こそうとしたので、ベッドの半分を起こして手助けした。
今考えるとその部屋には俺とおばさんしかいなかった。
おばさんが話始めた。
・俺が亡くなった旦那さんの生き写しの様に似ている事。
・初めて旦那さんと会った時、旦那さんもうっかり襖を思い切り開けた事。
・俺が照れ隠ししながら言った挨拶も、当時の旦那さんとまるで同じ内容だった事。
・過去の愛していた人が目の前にまた現れた様に見えてパニックになってしまった事。
そして気付いたら涙が止まらなくなってしまった、と、うっすらと涙を流しながら語ってくれた。
おばさんは語りながら何度も謝った。
「変な話でごめんね、おかしいでしょう、不気味でしょう、ごめんね」と。
俺は「変じゃない」、としか言えなかった。
おばさんは俺の目をじっと見ながら、微笑んでくれた。
いつの間にか両親達が入ってきて、おばさんは一応大事をとって病院に泊まることになった、と言った。
両親は俺に、明日もお見舞いに行こうと提案して来て俺も了解した。
俺が旦那さんに似ているなら、会えばおばさんが元気になるかも?と思った。
最期に病室を出る前におばさんにお願いされた。
おばさんが手を広げて来たので近寄ると、おばさんは両手で俺の顔に手を添えて優しい笑顔で微笑んだ。
また俺と旦那さんを重ねている様だった。
家に帰った後も、色々な事がありすぎて途方に暮れた様な感覚だった。
晩御飯も食べてテレビも見たはずだけど、どこか曖昧になってしまう。
兎に角明日もお見舞いに行こう、明日の予定はキャンセルして・・・。
風呂に入って、かなり早い時間に布団に入った。
ここから更に不可思議な話になります。
俺は森の中を歩いていた。
何処だか分からない、何のために歩いているのかもよく分からない。
だけど俺の前後にも人が沢山いて、皆歩いている。
歩いているといきなり轟音が鳴り響いて俺は伏せた。
何故伏せなければいけないのか、分からないけど伏せなくれば!!と体が動いた。
ふと後ろを見ると俺の後ろにいた人が倒れている。
俺は反射的にその人に駆け寄って、半ば引き摺る様に前進した。
何度もその人に話し掛け、怒鳴りつけた、その人が誰かも分からないのに、まるで誰だか知っているかの様に、「ここじゃ死ねないだろ!死ねないだろ!!△△△がいるんだろ!!」と怒鳴っていた、内容はよく覚えていない。
自分の声も掻き消される様な爆音と轟音が響いていた。
どれだけ歩いたかも分からなくなった頃、爆音が終わった。
俺はまたひたすらその人を引き摺って歩いていた。
するとやや平地の様な場所に出て落ち着けた、いや落ち着きたくなった。
その人の体を見ると、特に怪我だとかは無くて死んでいる様でもなかった。
後ろから同じ格好をした男が這って近付いて来て俺に話し掛けた。
「××、生きてるか」と。
「俺は良い、こいつはどうだ」と俺は返した。
「こいつも生きてる、ああ全く」とそいつが返した。
だけどその直後、男は俺の顔をまじまじと見た後、その人の顔を確かめた。
その人の胸?か服を確認した後、驚愕したような顔で男が叫んだ。
「お前は誰だ!?」と。
その瞬間に俺は俺が異常な体験をしている、と確信した。
俺は日本に暮らしていてこんな場所は知らないし××なんて名前じゃない。
これは夢なのか??と思った時、俺の背中が爆発したような感覚が襲ってきた。
宙を舞う俺、それを地面で見ている男、最後まで顔をハッキリ見る事がなかったその人。
しばし飛んで、地面に落ちて、そこで目が覚めた。
端的に言って夢だった、時間は昼頃、汗をびっしょりになっていた。
戦争で亡くなった人の話を聞いたからこんな夢を見たんだ、とぐったりしていた。
そうしたらドアの外から俺を呼ぶ声が聞こえた。
母親が俺を呼んでいて、お見舞いの話か、と俺はドアを開けつつ返した。
すると母親はとぼけた顔で「お見舞い?誰の?」と、俺が「おばさんのお見舞いだろ?」と言っても「どのおばさん?」だと。
昨日来客で遠方からおばさんが、と言ったら母親は変な顔をして来客は今日だ、もう来てるよ?と言った。
意味が分からなかった・・・。
曖昧な返事をしてそのままドアを閉めて、カレンダー機能付きの時計を見た。
確かにその日は土曜日で、時間は昼。
本当に訳が分からなくなりながら、兎に角着替えて、一階に降りた。
母親に促されて、襖を開けた。
その時も力が余計過ぎて、襖を思い切り開けてしまった。
和室には三人いた。
祖母と、見覚えのあるおばさんと、知らないおじさん。
三人は驚いた顔をしてこっちを見ている。
おばさんは俺の記憶のまま、ピシっとした姿勢で正座していた。
おじさんは少しリラックスした様子で胡坐をかいていた。
俺は凄いデジャヴを感じながら「こんにちは、遠路はるばる・・・」と挨拶した。
俺の記憶ではこの後おばさんは泣き崩れたけど・・・。
おばさんとおじさんは見つめ合って、そして愉快そうに笑い始めた。
祖母が言った。
「ほら、似ているでしょう」と。
おじさんは笑いながら「たまげた、俺の若い頃にそっくりだ!」と。
おばさんは口を手で押さえながら「とんでもない、まるで貴方が若返ったみたい。あなた、おぼえとります、あなたもはじめ、襖をああやって開いたのを。そしたらあなた、この子とおんなじ事言って・・・おどろいちゃうわぁ!」と。
おじさんはとぼけていたけどおばさんと仲睦まじく、話している。
俺は顔は笑っていた様な気がするけどパニックになっていた。
その後おばさん、おじさんと話して聞いた事。
・おじさんは戦争には行ったが捕虜になってから無事に帰って来た事。
・帰国して夫婦二人で生活し、子供もいる事。
・おじさんの仕事の都合で遠方に居を構えたが晩年は故郷で暮らしたい。
・そして引っ越しの途中でこの家に来た。
祖母も金曜夜には来客で夫婦が来る、と話したはずだ、と言っていた。
俺はもう不思議な感覚に襲われて一杯一杯だった。
でも「おじさんは戦争で死んでおばさんだけが家に来て倒れただろう?」、なんてとても言えなかった。
おばさんとおじさんはそのまま普通の来客として夕方前まで家で過ごして普通に帰って行った。
普通の人生を生きて来た俺が体験した不思議な話です。