当時私が通うことになった高校は、私たちが第一回生の新設高でした。
適度に植えられた若い木々もまだ匂いの染み付いていない教室も私には全て興味深いものばかりでした。
ある日、しばらく徹夜を余儀なくしなくてはいけない事情があり、全てを終えてみれば四日間ほとんど寝ていない状況でした。
「少し寝るか・・・」
そう思った私は午後の授業を一つ抜くことにして、教室を抜け出しました。
保健室へ。
「一時間ほど休ませてください。」
若い保健の先生にそう告げて、私は間仕切りのカーテンをシャッと動かしました。
先生の姿が視界から断絶されるその瞬間、女の子の後ろ姿が・・・。
私:「ギャャッ!!」
先生:「どうしたの?」
私:「なんでも」
多分自分は相当疲れている。
そう思って、再びカーテンを閉め惰眠を貪ることを選択し、一気に意識の底へ沈んでいきました。
それにしてもなんで一瞬で女の子だと思ったのだろう。
『カチャン・・・』
ぼんやりと覚醒し始めると、誰かがドアを開ける音が聞こえました。
男子が保健の先生と何か話しているようで、どうやら早退することにしたようです。
自分はまだ完全に睡魔に勝てずに、つ、と目を閉じたままでした。
あれ?
上手くいえないのですが、普通自分はベッドに沈んでいるのですからなんとなく左脇から下へ重力が働いている感じなはずなのに、なんだか頭から足の先へ引っ張られている感じがする。
ちょうど、立っているかのように。
目を開けると、自分の頭のすぐ上まで天井が迫っていました。
後ろを振り返ると、目線より下、床に保健の先生と男子が相対していました。
なんとも信じられないことに、自分はさっき自分が閉めたカーテンの可動部分にいるのです。
前方下を見れば、自分が眠っています。が、そんなことどうでもよかった。
いや十分混乱すべきですが、それよりも自分が背中を向けている方向・・・ベッドの下から女の子の顔と、小さな手だけが出てきていました。
その手は恐ろしく白かった。
ニタ、と女の子が哂う。
口紅が紅い。
下が変色してどす黒い。
おかっぱの髪はどこまでも黒く、きゅ、とかわいらしく弧を描いた眼はぽっかりあいた穴のようでだんだんその状況に私はくらくらしてきて女の子の手が私の肩へ伸びる。
その時左耳から何かぐりぐり、という音がしました。
なんだか気持ち悪い、骨と骨をこすりつけているみたいな。
ふと心の中で呟きました。
「お前だれ」と、突然「ぐりぐりぐり」と女の子の声が左耳に囁かれ、左側の私の全ての体の部位に大量の指が一斉に押し付けられた。
痛いぐらいにぐりぐりと・・・。
びくと体を動かすと、私は自分の体に戻っていました。
今のは、夢か・・・?
『カチャン』
ドアの開く音が聞こえました。
男子が保健の先生に早退したいことを告げていました。
一字一句違わないでその時急速に頭が回転し始めました。
今このベッドの下には何がいる?
それからはダッシュでした。
速攻振り返らずに教室へ飛び込み「どうしました?」と尋ねる教師への応対もそこそこに、机の上に広げたままのノートも筆記用具もぶちまけられた大量のプリントもまとめて「早退します。」と告げました。
よっぽど顔色が悪かったのか、即座に是の答えをもらい、プリントはちゃんと整理しとけばよかったなと後悔しながら教室を飛び出しました。
そのままトイレに差し掛かったとき、女子トイレから「お前だよ」と女の子の声が響きました。