私たちが見たものは何?

福岡にある九州大学工学部ちかくに、子供の頃住んでいました。

このあたりは「米一丸のお社」「開かずの踏切」「地蔵が森?」など心霊スポットがある静かな落ち着いた町です。

現在は九大の農業試験農場になり、民間人が立ち入ることができませんが、頻繁に人がはね飛ばされたり飛び込み自殺するJR(当時は国鉄)鹿児島本線の線路づたいは広大な松林とススキの原っぱで、子供のころは線路を越えてよく遊んでいました。

ススキは子供の身長を越える大きな物で、すっぽり体が隠れて鬼ごっこにもってこいです。
正月が過ぎ、祖父と妹と3人で、近所に遊びにいき、原っぱを越えて自宅に帰ろうと線路近くを歩いていたときです。

ススキをかき分けて歩いていると、ぽっかり線路沿いにススキが無くなっている8畳ほどスペースが見つかり、恰幅のよい作業服の親父が仰向けで寝ていました。

口は半開きで、たぶん酒に酔ってそのまま寝たのでしょう。

「じいちゃん。もう5時だから、起こさないと風邪ひいちゃうよ」<私・8歳>
「たぶん大丈夫よ子供じゃないんだから」<妹・8歳>

私たちはそのまま10分後には自宅に帰り着き、晩ご飯を食べました。
さんまの塩焼きです。

次の日、新聞に小さく、線路で死体が見つかり、たぶん酔ったまま線路に近づき、列車が来て、驚いて心臓麻痺を起こし死んだのだろうという記事が載りました。
場所がまさしく例の場所で、発見時間は夕方4時でした。
死亡時間は前日の深夜だそうです。
線路沿いのススキの森を散策する人はまずいませんから、発見が遅れたのでしょう。

私:「ねえ、もう少し早くあそこを通ったら僕たちが一番だったのにね」

そう無邪気に騒いだものです。

でも、そのとき胸の奥に締め付けられるような感覚が生じて、無意識のうちに「気がつかなかったことにしよう」という思いが生じました。

うまくその時は説明できませんし、自分自身なんでこんな嫌な感覚が生じて口のなかが酸っぱくなるような引きつった気持ちになるのか分かりませんでした。

あとで少しずつ鮮明な記憶が蘇ってきて理由がわかりました。

あの時3人でその場を立ち去るとき、なぜ風邪を引くからと起こさなかったのだろう。
だって、寝返りうったから。

私たちはいったい誰を見たのでしょうか?

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