これは僕が小学生のころの本当に体験した話です。
ぼくの祖母は信州の山の中に住んでいます。
祖父は僕が物心ついたころにはすでに他界していて、森の中の大きな一軒家に、祖母は一人暮らしをしています。
バスも、1時間に1本通るか通らないか。
土日は、午前1本午後1本、そんなまさしくド田舎に祖母は一人で住んでいるのです。
高齢者の一人暮らしで心配ということもあり、僕と両親は、夏休みや年末年始など、長い休みを利用しては、旅行がてら様子を見に行っていました。
たしか、4年生の夏休みだったと思います。
僕はいつもどおり、両親と祖母の家へ出かけました。
祖母の家は、昔この一帯の地主だったそうで、大きく、いかつい門構えの家が見えてきました。
長いドライブを終えて、祖母の家の門をくぐり、「ん~・・・」と大きな伸びをしました。
その時、何かいつもとは違う、かび臭いというかなんというか、妙にすえた匂いがしたのを今でも覚えています。
僕:「おばあちゃ~ん、○○(僕の名)来たよ~!」
大きな声でばあちゃんを呼びながら、僕は母屋の方へ駆けていきました。
「!!」
その時、僕の前に何かが飛び出して来ました。
大きな黒い塊。
「にゃああおう」
それは、初めて見る猫でした。
子犬ほどの大きさに、濡れたような真っ黒な毛並み。
子ども心に、その綺麗さに驚きながらも、何か不吉なものをその時感じていました。
祖母:「正雄、だめだよ。急に飛び出すから、○○ちゃんおどろいてるじゃない」
奥から祖母が出てきました。
どうやら、少し前からいついている野良猫で、人懐っこく、頭のいいそいつを、祖母は『正雄』と名前をつけてかわいがっているようでした。
実際に、正雄は、とても賢く、まるで人の言葉を理解しているような感じでした。
僕は、最初の不吉な感じなどすぐに忘れ、いつのまにか正雄と仲良くなっていました。
正雄も僕のことを好いてくれたようで、夏休み中、正雄と僕は、いつも一緒にいました。
ところで、去年の年末年始は父の仕事の都合がつかず、祖母の家を訪れることができなかったため、久しぶりに見た祖母は、妙にやつれて元気がないような気がしました。
理由を聞いてみると、毎晩うなされて寝付けずに、体調がすぐれないとのことでした。
祖母:「年をとるといろいろとねえ・・」
祖母はそう言って笑っていましたが、何か尋常ではない感じでした。
そして、久しぶりに会った祖母や、正雄との楽しい夏休みもいよいよ明日で終わりになりました。
その夜、僕は悲しくなってしまい、なかなか寝付けず、ふと、時計を見ると、夜の2時を少し回ったところでした。
僕は祖母と一緒に寝かせてもらおうと、枕を抱えて祖母の寝室へ向かいました。
僕:「ばあちゃん、おきてる??」
僕はそおっと祖母の寝室の襖を開けました。
「?」
最初、僕には何がなんだか良くわかりませんでしたが、祖母の布団の上に、正雄が乗っかっていました。
祖母は、顔面蒼白で、息をしているかしていないのか、僕の位置からはわかりません。
正雄も、なぜか毛が濡れっぽく、牙をむき、目をぎらぎらさせてうなっていました。
その様子はとても禍禍しく、いつもの正雄には見えませんでした。
まるで、化け猫かなにかのような・・・。
僕には正雄が祖母を毎晩苦しめている元凶だと思いました。
とっさに、祖母の部屋の入り口に置いてあった杖を、正雄に向けて投げつけました。
僕:「正雄!何してるんだあ!」
僕の叫びに、正雄は一瞬ビクっとこちらを向き、杖は正雄の額を直撃しました。
その瞬間、正雄が睨んでいた方角の窓ガラスが大きな音を立てて割れました。
僕がハッとその窓の方を見ると、今まで見たこともないような、大きな・・・猿でしょうか、あるいは狒狒(ヒヒ)だったのかもしれません。
どっちにしても、2mはあるかというな奴が、屋根から外へと逃げ出して行くところでした。
僕が呆然としていると、正雄が、「ううぎゃあああ!」と、大きく1度鳴き、「奴」を追って外へ飛び出していきました。
すれ違いざまに見た正雄の目は、なぜかとても悲しそうに見えました。
僕はそのままそこで気を失ってしまったようで、気が付いた時には、朝になっていました。
朝、僕は泣きました。
祖母の布団には、正雄の血がべっとりとついていました。
えぐられたように、肉の欠片のついた毛も沢山落ちていました。
正雄は、祖母を襲っていたのではなかったのです。
祖母を毎晩苦しめていた、あの猿(か狒狒)と戦っていたのでした。
僕は、あれだけ仲が良かった正雄を信じてあげられなかった自分が情けなく、正雄に申し訳なく、涙が止まりませんでした。
その後、正雄が帰ってくることはなく、祖母は今でも健康です。
僕は、祖母の家へは行かなくなりました。
最後に・・・後で聞いた話しで、「正雄」とは、祖父の名前だったそうです。
わかりづらかったらすみません。
以上です。