その声は死への一歩

友人の話。

山中の池でバス釣りをしている時のこと。
脇の林の中から「おーい」と呼ぶ声が聞こえてきた。
段々と大きくなってくる。
彼の方へ近づいてきているらしい。

やがて木々の間から男が一人現れた。
身なりはごく普通の登山者という印象だ。
しかし、目が虚ろで焦点が合っていない。
どこかまともでないのか、すぐ横にいる彼にも、まったく注意を払わない。

男は一旦立ち止まったが、すぐに「おーい」と大声を出して歩き出した。
何の怖れも感じていない様子で、じゃぶじゃぶと水の中に進んでいく。
友人は大いに慌て男を引き止めるため追いかけたという。

さした抵抗を受けることなく岸まで引きずり戻すと、男は目を瞬いた。

男:「あの、ここは何処で、一体何があったんでしょう?」

ポカンとした顔で友人に聞いてくる。
正気に返ったようだ。

事情を尋ねたところ、山歩きをしているとどこからともなく「おーい」と呼ぶ声が聞こえたらしい。
誰が呼んでいるんだろう?と、声の方に足を進めているうちに、気がつけば濡れ鼠で友人に抱きかかえられていたのだと。

友人から「おーい」と声を出していたのはあなただったと言われた男は、信じられないという様子で首を振ったという。

男が無事に山道に引き返した後、彼は夕刻まで釣りを続けた。
残念ながらそれ以降の釣果はぼうずだったらしい。

友人:「池の主様の邪魔をしたんで、怒らせちゃったかな」

そう言うと、彼は小さく舌を出した。

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