ふた昔ほど前に温泉巡りしてた人の話。
長野県の山奥に行って鄙びた温泉宿でも・・・と車で向かったが、とんでもなく濃い霧に覆われて運転に苦労するほどだった。
ふと車窓の左を見るとやや薄くなった霧の切れ間に川の対岸が見え、奥に何やら長い物が動いていた。
路肩に車を停めて凝視するとそれは木材を運ぶ貨物列車のようだった。
蛇のようにうねうねとゆっくり進む列車の最後に、小さくて真っ赤な車掌車のようなものがついてるのが印象的だったそうだ。
再び車を走らせ濃い霧の中を走っていたが、どうも曲がるところを間違えたか、川沿いの狭い道路を進んでいた。
カーナビなどない時代なので地図が頼りだが、目の前は真っ白。
案内標識もないので見当がつかないからこのまま進む事にした。
この辺りは数年前に大きな地震で山が斜面ごと崩れて大きな被害を出していた。
その報道もすっかりなくなってしまい、現地に行かないとわからないことが多かったが、人と出会わないのでほとほと困っている頃に再び霧の切れ目が現れてやや離れたところに鉄橋が見えた。
鉄橋は道路なのか?それとも、先ほどの列車が通る線路なのか?と思っていると警笛が聞こえ、オレンジ色の機関車に牽かれた客車が走ってきた。
遊園地にでもありそうな列車の開いた窓からは小学生くらいの子供達がこっちに向かって手を振っている。
愛らしく思えたが、よくこっちに気づいたなあ?と感心しつつ進むと集落に出た。
唯一であろう店で話を聞くと、この近くは林業で栄えていたが、「運んでいた鉄道がトラックに切り替わってから人が減ってきているので少しさびしいね」と返された。
はて?と思い「先ほど列車が走ってましたよね?」と聞くと、店の人はやや驚いた顔をしてからにこやかに笑い、「もうとうの昔に列車はなくなってしまい、今ここの道路が線路で、あの建物が駅だったのよ。こんな天気だからちょっと何かがいたずらしたのかもね」と返された。
山奥って不思議な事が多いんだね・・・。