彼の実家の山村では、時々おかしな存在が出たという。
それは、村の衆から『出来損ない』と呼ばれていた。
炭焼きをしていた彼の祖父も、『出来損ない』を見たことがあるという。
薪の山のすぐ横を、灰色の兎のようなものが駆け抜けたのだと。
それは確かに兎の耳と胴体を持っていたが、決して兎ではなかった。
その頭部には目も口もなく、その身体を動かしていたのは黒い蟋蟀の脚だった。
その後も小屋の近くで何度か見かけたそうだが、その度に段々と本物の兎らしくなっていったのだそうだ。
『出来損ない』の正体は誰も知らなかったが、「おそらく山の動物を真似しているのだろう」と村では言われていた。
まれに、人間を真似しようとした出来損ないが出たらしい。
そうなると、しばらくは誰も山に入れなかったそうだ。
過去に人間に化けた何かが出たことがあるのだろうか。
今は炭焼きや猟をする人もおらず、『出来損ない』がまだいるのかはわからない。