俺が通っていた小学校には、校舎の裏に小さいプールみたいなのがあった。
水泳の前に風呂くらいの水槽で、薬品を溶かした水に浸かるじゃん。
大きさも形もあんな感じで、中に降りるための階段までついてた。
ただ、タイルじゃなくて石でできてて、地面にぽこっと穴が開くような形になってた。
みんなもあれは生け簀みたいなもんなのかと思っていたらしく、中に水を入れて金魚を飼おう、っていう計画が立ったこともあったんだが、地元育ちの用務員のおっちゃんに、激しく反対されておじゃんになった。
用務員は「あれに近づくな。特に水と生き物は入れちゃだめだ」と主張し、杭と鉄条網で生け簀を囲ってしまった。
といっても、みんな1度は中に降りたことがあるし、なんでそこまで用務員がファビョるのか不思議に思っていた。
友人Aは当時ものすごく生意気な糞ガキで、禁止されていることほどやりたがる性格だった。
Aは夏休みの夜に、俺を含めた悪友4人で鉄条網を破り、中に水と金魚をいれてやる計画を立てた。
もちろん、いたずらのつもりだった。
盆の祭りの晩、俺たちは金魚すくいで魚をとり、親には「蛍見てくる」とか適当な嘘をついて学校に行った。
で、家からもってきたペンチで鉄条網を切って破り、水道からホースで水をそそいだ。
水がいっぱいになった。
友達AとBに金魚の放流をまかせて、俺とCがホースを片付けてた。
すると突然、生け簀の方からBの悲鳴が聞こえた。
駆けつけてみたら、Aがしゃがみこんで何かしてた。
Aは金魚の一匹(出目金だった)を地面に転がして、素手で目玉やヒレをもいでいた。
懐中電灯で金魚の鱗や内臓がぺかぺか光って、不気味だったのをよく覚えてる。
他の金魚を全部生け簀に放り込んだあと、Aは突然飛び込んで一匹つかまえ、虐待し始めたのだそうだ。
俺たちは、怖いのと訳が分からないのとで硬直していたが、ふいにAは金魚から顔をあげ、生け簀を指さした。
その瞬間、金魚しかいないはずの生け簀から、ボチャンと鯉がはねるような音がした。
それを聞きいた俺・B・Cは、Aを置いて逃げ出してしまった。
このとき、怖くてもAを連れて逃げればよかったと後悔してる。
俺たちは無我夢中で逃げて、とりあえず祭会場の神社を目指した。
しかし、途中にある清水が湧いてるところで、また「ボチャン」を聞いてしまった。
もちろんそこにも魚などはいない。
それでいよいよ半狂乱になって、3人で泣きながら走ってたら、浴衣を着た見知らぬ兄ちゃんが保護してくれた。
兄ちゃんは俺たちを蛇神様のお社に連れてきて、1人1個ずつリンゴ飴をくれて慰めてくれた。
兄ちゃんに事情を話すと、兄ちゃんはえらく焦った様子で、「今日はもう絶対に川を渡るな。学校に近づくな。ひとが来るまでここで待て。自分からは声をかけるな」みたいなこと言い、どこかに行った。
その後ちょっとしたら、用務員のおっちゃんが来て、俺たちを保護してくれた。
おっちゃんにも事情を洗いざらい吐かされ、俺たちはその日、お社の近所の友達の家に泊まった。
泊まり先と親には、おっちゃんが説明してくれたみたいだった。
次の日の朝、おっちゃんに連れられて学校に行った。
生け簀の金魚はヒレだけになっていた。
その場で俺たちは髪を刈り上げられた。
髪は半分は生け簀に放り込み、半分は蛇神様のとこに埋めた。
Aは祭りの夜に置き去りにされて以来行方不明だったが、数日後に蛇神様のお社にいるのが発見された。
俺たち3人もAが保護されたと聞いて、置き去りにしたことを謝りに行った。
しかしAはキチガイのように笑いながら、「●●●憎い。邪魔しやがって」と叫ぶばかりで、会話にならなかった。
当時Aの家の家庭環境はめちゃくちゃ複雑で、そのせいか捜索願いは出されていなかったらしい。
たぶんこれが決定打で、Aの両親は離婚し、Aは施設に入れられた。
学校裏の生け簀には、夏休みのうちに物置風の小屋に隠され、ごつい錠前がかけられた。
『ボチャン』と兄ちゃんについて、用務員のおっちゃんは知っているようだったが、詳しくは教えてくれなかった。
ただ、蛇神様の前を通るときは手を合わせろと言っていたから、あの兄ちゃんが神様だったのかなと思ってる。