隣の部屋と繋がっている・・・

カテゴリー「不思議体験」

数年前、今頃の季節だったと思いますが、研修で、港区の、とあるビジネスホテルに泊まりました。

2度目の東京出張で、手の抜きどころがわかってきていましたので、私の頭の中は研修どころではなく、研修時間終了後どうやって東京見物するかの計画ばかり立てていました。

初回の出張では、会社の出張でよく利用しているというだけの理由で、ちょっと小奇麗なところに泊まったのですが、2度目は横着になり、出張費を浮かせようと、ランクを落とした所に宿をとりました。

まぁ、田舎の会社なんで、東京に研修、となると、手当ても何もかも込みでどんぶり勘定で予算渡されていたわけです。
携帯あるし連絡取れればどこ泊まってもいいでしょ、程度の気持ちには、なりますよね。

それでも一応、会社の金をくすねているような、罪悪感はありましたので、そう大きく場所を変えるというわけにはいかない、元の宿の近辺で、どこか探そうと思っていました。

T駅に降りた後、歩いて安そうな宿を探して、見つけたら、あらかじめとった宿のほうをキャンセルしようと思ったわけです。

T駅のコインロッカーに荷物を入れて、とぼとぼと、なんとなく勝手のわかる方角へ歩き出しました。

貴重品に、ポケット地図と傘とデジカメだけ持って、ぶらぶら歩いてみますが、宿など簡単には見つかりません。

坂道を上っていくとだんだん町並みが静かになっていき、領事館や私立高校が並ぶ、ちょっと陰気な感じの通りになりました。

そのうち、小雨も降ってきました。

道を記憶するためのメモ代わりに持ってきたデジカメでしたが、傘を刺してしまうと、地図とデジカメの両方を持てないことに気が付き、自分のバカさに鬱々となりながら、こんなところで降ってきた雨に八つ当たりしたい気分でした。

なかなか、それらしいものが見つからないので、この丘(?)を反対側に下りて、回って帰って、それで見つからなかったら諦めよう、と、とぼとぼ歩いていたとき、白塗りの木に「**ゆかりの・・・」(はっきり書くと場所が完全に特定できてしまうんでこれも伏せます)とかなんとか書いてある、寺への入り口の碑を見つけました。

こういう、疲れていて冷たい小雨に降られているとき、もう何でもいいや、となしまう心理状態というのは、わかっていただける方もいらっしゃると思います。
私はその碑の建っている角を曲がりました。

奥はすぐ舗装が途切れ、藪になっていました。

辛うじて、人が通れるようには階段が拵えてありました。
階段を下りていくと、多少開けたところに出て、そこはもちろん墓地になっていました。

あ、研修というのは、社内のではなくて、色んなところが開いているエデュケーションシステム(?)みたいなもので、社内で私一人が行くような感じです。
念のため。

いやだなぁ、と思って、それでも階段を下りていきながら、気づきました。
そこは、前回宿泊したホテルの真裏にあたるところだったのです。

建物の裏手からも、おおきな看板が見えました。

私が下りている道は、目でたどっていくと、そのさきは、ちゃんと大通りに出る道につながるようになっています。

正直、ホっとしました。
旅先で、そのまま、自分がどんどん非日常みたいな空間に入って行ってしまうのが、内心ちょっと怖かったのです。

そこでそのまま、同じホテルに泊まればよかったのですが、安心して、階段の途中からあたりをキョロキョロしていると、「ちょっと暗い感じの、安普請の、ビジネスホテル」というのが、その場所から見つかったのです。

暗い感じ、というか、妙に生活感のある感じが、するんです。

外から見て、個室の、窓と窓の間が、十分広くないような感じです。
言い方悪いのですが、連れ込み宿を無理やりビジネスホテルにしたような、といったらいいでしょうか。

ちょっと悩みましたが、どうせ3、4日の出張、寝るだけの場所だ、という割り切りが先に来ました。

表に回ると、そんなに変でもないようでした。

ホテルの名前を覚えて、そのまま、T駅まで戻って、安いほうの宿を取り(部屋が取れないことはないだろうとは思ってました)、決めていた宿をキャンセルし、荷物を持って宿まで歩きました。
我ながら、ひどい客です。

宿は、5階の、いちばん奥の部屋をあてがわれました。

先には防火扉があり、裏に出る非常階段が繋がっています。
外から見るより宿の中はあたたかで(雨降っていたのだから当然ですが)した。

その部屋から、寺の方向が見えるわけですが、快適な部屋の中から、先ほど自分が歩いていた場所を眺めると、なんと自分は下らない探検ごっこをしていたのだなぁ、と、自嘲的な気分になりました。

研修は、なんということはなく過ぎました。

私の東京見物も、さしたる問題も発生せず、過ぎていきました。

まぁ初日から、秋葉原やらなにやらでブツを衝動買いし、宿の暖かい部屋で開封してテーブルの上に並べたりしてたわけです。

部屋は本当にケチが付くようなところではなく、こういう部屋にありがちな、何か出そう、視線を感じる、みたいなことは、ありませんでした。

そういうのがわかるのであればそもそも怪しいホテルには泊まらないわけですが。

研修は最終日が金曜でしたので、土曜日一日は、遊んで帰るつもりでした。

金曜(その日も雨にたたられました)の研修から戻り、身支度だけはしておこうと思い、テーブルの上に並べたがらくたを片付けはじめました。

「こりゃ買いすぎだな、宅急便で送らないと一人で持てないな」、そういうことをとりとめなく考えていましたが、ふっと気づいたのです。

この部屋のテーブル、ちょっと長いような気がするのです。

ビジネスホテルのテーブルというのは、簡単な書き物をするためのものですが、だいたい、スペース節約のため、引き出し式になっています。

その部屋のテーブルも、引き出し式でした。

しかし、その引き出した状態が、どうも、感覚的に、手前に来すぎているような気がするのです。

隣に、秘密の部屋があったりして・・・。
と、また、子供のこわい感覚に襲われそうになりました。

隣は普通の客室のはずです。
いわくありげな、防火扉や非常口の方向では、ありません。

間に何か、秘密の空間が、あるのだろうか・・・?

ばかばかしい、と、自分で自分の考えを振り払うように、かなり乱暴に、投げるようにして、テーブルの天板を押し入れました。

バタン、という、威勢のいい音がするはずでした。

返ってきたのは、ドス、という、柔らかいものにぶつかったような音です。

・・・いるんだ!やっぱり!

・・・この壁の中には人が埋まってるんだ!

私は、わけがわからなくなり、今度は勢いよく、天板を引っ張りました。

壁の向こうで、ガコン、という音がしたかと思うと、机の天板が、今度はもっと長く、手前に80センチほど、出てきました。

何か、木材の留め具が外れて、「向こうのぶん」まで、こっちに引っ張り入れてしまったようなのです。

何だ?と、私は我に返りました。

向こうの部屋とこっちの部屋で、テーブルの天板を共有してるってことか?

まさか。

そんなの、同時に使えないじゃないか。
コントじゃあるまいし、ばかばかしい。
最後まで引っ張ったら、向こうの部屋が丸見えじゃないか。

そんなわけない。

そう思って、最後、ありったけの力をこめて、天板を引っ張り入れました。

ガリガリ、という音がして、天板の端が、こちらに、ポトリと滑り落ちました。

出てきた、天板の向こうの端には、2センチくらいのまんまるの穴が開いていて、ビニールひもが、そこにぐるぐるに結びつけてありました。

え?と思って、思わず、天板の入っていた穴をのぞきこみました。

穴の向こうでは、作務衣を着て、指輪をした人の手が、お腹をさすっているのが見えました。
もう片方の手は、犬でも繋ぐかのように、しっかりと、ビニールのひもを握っていました。

声も何も出せず、私は立ち上がって、そのまま、すべての荷物を手に持ちました。

・・・結論からいうと、私は、問題なく、チェックアウトすることができました。

ですが・・・。

向こうの部屋の物音が、そのまま、動く気配がないのを確かめながら、部屋を出るまで息を殺して歩き、自分の部屋を出て、奥の非常階段まで走り、非常口の重たいドアを開け、つめたい霧雨で湿った非常階段5階ぶんを、うしろから、自分以外の足音が聞こえないようにと念じながら、つるつる滑る革靴で駆け下りて、5階の窓からの視線を感じないように、墓地のわきの道を走って、フロントに回り込むまで。

これが、いままでの私の生きてきた中で、一番、恐ろしかった時間です。

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