とある里山の集落で聞いた話。
ある時、一人の男性が農道を軽トラで走っていると、前方に用水路を覗き込む数人の子供の姿があった。
学校帰りなのだろう、皆ランドセルを背負っている。
その中には男性の孫の顔もあったため、彼は軽トラの速度を緩めた。
男性:「お前ら何してんだ、こんなとこで」
男の子:「ここに、キレイな魚がいるんです」
答えたのは孫ではなく、年長と思われる男の子だった。
孫もそのほかの子供たちも、何も言わずじっと男性を見ている。
男性:「こんなところに魚がいるか?」
三方をコンクリートで固めた用水路だ。
訝しく思いながら、男性は子供達の真似をして用水路を覗きこんだ。
中には、魚はおろか水も流れていなかった。
なんだよ・・・からかったのか?そう思って体を起こそうとした時だった。
トン。
うなじの辺りに衝撃があった。
軽い力だったが、重心を傾けて下を向いていた男性は、滑稽なほどあっけなく用水路に転げ落ちてしまった。
わけがわからない彼の上から、何人もの大人の哄笑が降り、やがてそれは風に巻かれるように消えていった。
変な姿勢で狭い用水路に落ちてしまったため苦労してそこから上がると、先ほどの子供達の姿はどこにもなかった。
自宅に帰ると、孫はとっくに帰宅していた。
念のため尋ねたが、当然のように知らないと首を振ったという。
男性:「あの辺りは昔から、化かされる場所だと言われとったが、まさか自分がそうなるとはなぁ」
孫:「化かす、とは?」
男性:「狸だよ、狸」
男性はさも当たり前のようにそう言った。
男性:「あそこには古い狸の巣があってな、そこのが化かすんだと。化かし方も決まっててな、俺の時とおんなじよ、川やら穴やら、肥溜めって奴もいたらしいが、とにかく何かを覗きこませて突き落とすのよ。話には聞いてたが、まさか今の時代に化かされるとは、恐れ入ったよ」
孫:「はぁ」
男性:「びっくりはするがな、かわいいイタズラだよ。コンクリにぶつかったはずが、傷一つないんだから。まぁ、肥溜めの奴はクソまみれになったらしいがな」
俺は用水路でよかったよ。
男性は呵々大笑した。