夏って雲がやけに高く見えるだろ?
実際高いのかどうかは、学が無いからわからんのだけど、ちょっと感動屋な俺はよく空を見上げては雲の高さに夏を感じてジーンとしてたんだ。
そんなある日。
大通りの歩道を、買い物帰りの俺は空を見上げながら、歩いてたら、空の一箇所に「もや」がかかったような部分があった。
ヤカンとかでお湯を沸かしてたらその周辺がもわもわとして景色が揺らぐ感じと一緒。
ちょっと違和感を感じたんだけど、その日はそのまま帰った。
次の日。
また同じ場所を歩いて帰ってた俺は、同じ箇所に同じものを見つけた。
辺りを見渡しても他にそうなってる場所は全然無くて、アスファルトの照り返しがキツくてまた「夏だなぁ」なんて思ったと思う。
だけどその部分は、何日か経っても”もや”のままだったんだ。
当時から心霊現象とか興味があった俺は、何らかの不思議現象だと思い込んで、調べたい気持ちがむくむくわいてきた。
だけどなにぶん大通りなもんで、人も結構歩いてる。
長居は出来なかったんだよ。
その夜。
気になってた俺は人通りが減るのを見計らってそこに行ってみた。
そのもやは夜だと視認できなかった。
探しながらもやの真下をウロウロしてたんだけど、頬にぽつっと冷たい物が落ちてきたんだ。
雨が降ってきたと思った。
でも地面を見ても一箇所しか濡れてきてない。
その一箇所ってのは、もやの真下に小さい雨粒が点々とくらいだった。
これ絶対怪奇現象だろ・・・。
そう思った俺は何としてでももやの確認をして、どっかのTV局とか雑誌社に言おうと思ったんだ。
俺はすぐ近くの歩道橋との距離を測って少し迷った。
手で触って確認したかったんだよ。
歩道橋って横の階段部分が折り返しになってたりするっしょ?
そこの中段(踊り場的な?)位置から無理して精一杯乗り出して手を伸ばしても、もうちょっと届かない。
3,40cm足りないくらいだったかなぁ。1mは無かったと思う。
すぐ横の植え込みの枝を折って踊り場部分に上がった。
柵みたいになってれば足をひっかけて安定して手を伸ばせたかもしれないけれど、隙間隙間にプラスチックの板みたいなのが張ってあって、それも出来ない。
だけど落ちるの覚悟で手すりに立って、もやのある部分を見下ろした俺は相当びびった。
「もや」のあった部分に薄く、違う景色が見えたんだ。
簡単に例えると、板か何かを空中において、その板がTV画面みたいに別の景色を写してる感じ。
そこに薄く見える景色は、小さい子供達が顔を寄せ集めて井戸の底か何かを覗き込んでるみたいな。
その小さい子供達ってのが、ちょっと異様な風体で。
全員赤黒いシミのような物が顔中に広がってて、目玉がやけにでっぱってるように見える子や口の形が変な感じになってる子や目がイっちゃってる子とか。
でも皮膚は皆すごく白かった(赤黒い部分以外)
夜だったし、怖いもの見たさが高じ過ぎる俺でも流石にめちゃくちゃ怖くて、足を滑らせて階段の踊り場側に落っこちた。
で、俺は自分で脚を滑らせたと思ったんだけど、実際はそこに居た知らないオッサンに引っ張られてだったらしい。
オッサンにめちゃくちゃな勢いで怒られた。
「何やってんだクソガキ!」って。
俺はオッサンが、俺が自殺でもしようとしてたと勘違いしたんだと思ったから、まだ心臓バクバクいってたからどんな顔してたかわからんが「いや違うんですよ」とか何とか答えたと思う。
でもオッサンが怒ったのはそうじゃなかったらしい。
オッサンに引っ張られて近くのGSの前で話をすると、どうやらオッサンはその手の物が見える人らしくて、このもやを少し前に発見してから、どうするべきか様子を見に来てたと。
んで、今夜も様子を見にきたら、俺があのもやに向かってダイブしようとしていたから慌てて階段駆け上って俺を引っ張ったと。
あの子供達の中にダイブするつもりは流石に無かったが、もやがもやのままだったらそうしていたかもしれない。
あの「もや」は結局何なのかオッサンに聞いたんだけど、オッサンの話は俺にはイマイチ取り留めのない物でよくわからなかった。
端的に書くと、水っていうのは記憶を留めて含む物で、この地球から消えてなくなる物ではないからそれこそ何万年も前からの「意識」ってのがまだ「水」に残っていたりする。
普通は薄れて混ざってあちこちにあるから形になる事は無いけれど、時たま偶然風の動きとかそういう物も関連するけれど、濃く寄り集まった物が凝縮して、敏感な人間はそれを読み取ってしまう。
ああいうモヤになったりするくらいの量だとかなり濃い。
記憶は時たま人の頭の中に入ってきてその人をおかしくするから、気づいても近寄らない方がいいとか、そういう感じの事。
つまり俺が見た景色は、以前誰かが見て強烈に心を残した景色だって事らしい。
ここまでの内容を俺が何となく理解して聞きとるまで2,30分くらいかかったかな。
というのも、オッサンちょっと変なんだよ。
喋りとか。
主語が無いっていうか文法がおかしいっていうか。
俺はもうそのくらいになると「もや」よりもオッサンの方が怖くなってきた。
んで、一応オッサンにこの後どうするのか聞いたらさ、自分の着ていたシャツをたくし上げて、ズボンのベルトん所にさしてたウチワを取り出して「これで扇いで空気の流れを変える。そこの木も切る」と。
完全にアウト。
ここまで書いてきて改めて読み返すと、俺を助けてくれたのかもしれないオッサンに対して失礼だったかなぁって気持ちも今はあるけれど、あの時の俺は完全にオッサンがイカれてると思って、何されるかわからないし自分も混乱してたしで適当に帰るとか何とか言って走って帰った。
オッサンは「もうここは暫く通るな」っていうから、俺もかなり怖い思いしたから半月くらいはそこを迂回して家に帰る事にしてた。
半月くらい後、俺はどうしても外せない用があって急いで家に帰らないとならず、そこを通るハメになったんだよ。
怖いと思ってたけど時間が経つと、幻でも見てたような感覚でさ。
その頃はもうあんま怖くなくなってた。
んで、帰り道俺があそこの場所を見上げると、「もや」はもう無くなっていた。
すぐ横の張り出してた街路樹の一部も無くなっていた。
何かもやもやする感じで何年かに一度思い出す。