私の祖母はいわゆる”みえる人”であったようで、おばあちゃん子だった私は、様々な怖い話や不思議な話を聞かされて育ちました。
そんな祖母から聞いた話。
祖母は花が好きな人でした。
花道もフラワーアレンジメントも習ったことはありませんでしたが、センスはよかったのでしょう。
よく玄関に花を飾ってくれていましたが、それは道端の野花であろうと、花瓶がわりに栄養ドリンクの空き瓶が使われていようと、思わず目を止めてしまう魅力がありました。
そんな祖母には、花にまつわる不思議な話もいくつかあり、これはそのひとつです。
祖母は、長くてニョロニョロしたものが苦手で、とりわけ蛇は大嫌いでした。
なんでも子どものころ、あぜ道で日向ぼっこをしているシマヘビを棒でつついてちょっかいを出し、反撃されて足首を噛まれたことがあるそうです。
驚いて大泣きしたため周りの大人にばれ、心配されるどころか「畑仕事の手伝いもせんでから、余計なことして!」と怒られたんだとか。
「自業自得やん」
その話を聞くたびに私はそう返していましたが、祖母は「蛇に関わるとロクなことにならん!」と憮然としていました。
さて、私が小学校高学年のある日のことです。
初夏のポカポカ陽気が気持ちよい昼下がり、祖母と一緒に隣家に回覧板を持って行きました。
隣家に住んでいたのは初老のご夫婦でした。
対応してくれた奥さんが、他県に嫁いだ娘のところに冬頃初孫が生まれる予定だと、嬉しそうに話していました。
ひとしきり奥さんの話を聞いたあと、祖母はふと思いついたように「あんたんとこの牡丹の花は、見事やなぁ。見て帰ってもいいかえ?」と尋ねました。
快諾してくれた奥さんにお礼を言うと、祖母は敷地の入り口に植えられた牡丹のところに行き、身をかがめて熱心に眺めはじめました。
「おばあちゃん、牡丹が好きなんやなぁ。でも、あんたとこにも咲いちょんやろ?」
「はぁ・・・」
私は隣家の奥さんの視線が少し恥ずかしく、「もう行こうよ」と急かすために祖母の後ろから回り込んで、ギョッとしました。
しゃがみこんでいる祖母の目の前では、青黒い大きな蛇が牡丹の根元にデンと居座って、とぐろを巻いていたのです。
思わず声をあげそうになった私を素早く制し、祖母は立ち上がると「本当に綺麗やわ。おおきになぁ」と奥さんに声をかけ、私を引っ張りながらその場を立ち去りました。
「あれ、何なん?」
家に着いて早々、私は祖母に詰め寄りました。
見たこともないような蛇の大きさに驚いただけではなく、あれほど蛇嫌いな祖母が、平然とした様子で蛇を間近に見ていたのが信じられなかったのです。
ですが祖母は当たり前のように、「あっこ、生まれちくるのは女の子やわ。女の子が生まれるときは、花の下にあんな蛇が出ることがあるんよ」と答えたのでした。
やがて冬が来て、隣家には無事初孫が誕生しました。
祖母の言った通り、女の子でした。
里帰り出産だったため、母子が落ち着いたころ、祖母は赤ちゃんを少しだけ見せてもらったそうです。
「本当に、えらしい赤ちゃんでなぁ。ありゃべっぴんになるで、蛇がおったのが牡丹の下だけある」
祖母は目を細めて、自分のことのように喜んでいました。
私は、ふと気になって祖母に聞いてみました。
私:「なぁ、私が生まれたときも、蛇がおった?」
祖母:「おったよ」
私:「なんの花の下に?」
祖母:「◯◯ちゃんのときは、木瓜の花の下やったなぁ。やっと女の子ができるっち、ばあちゃん嬉しかったもん」
私:「ボケの花・・・」
優しく微笑む祖母の顔を見ては言えませんでしたが、それを聞いてなんだか少し、釈然としない私だったのでした。
えらしい=可愛らしい、の意