テントの中にいた山女房

山仲間の話。

山中の寂れたキャンプ場に、一人で宿泊した時のこと。
夜中、テントの周りでごそごそと動く音がする。
猿でも来たかと、外に出てライトで照らしてみた。

黒光りするモノが、夕食後のゴミを漁っていた。
彼曰く「一瞬、巨大な鯉が歩いているのかと思った」という。

そいつの背中には、魚のような黒い鱗がびっしりと生えていたのだ。
振り向いた姿は、不気味なことに人型だった。

前面腹部にかけて体色が白く変化していて、背とは違って柔らかそう。
股間はよくわからないが、胸が二箇所で膨らんでいる。

雌?

やはり鱗で覆われた頸から上は、強そうな黒い髪の毛で覆われていた。

それを掻き分けるようにピンクの長い蛭みたいな物が飛び出していて、手にした空き缶を頻りに突いている。
舌だろうか。

しゃがみ込んでいる状態から立ち上がると、その背丈は彼より頭一つ分低かった。
しかし、腕や足は丸太のようで、力で勝てるとは思えない。

そいつは物怖じする様子もなく、彼の傍へするすると寄ってきた。
ムッとする生臭さが鼻を突く。
再度魚を連想してしまった。

真正面から顔を付き合わせたが、黒い毛の向こうにある表情はまったく何も伺えない。
頭をゆっくり回している姿は、じっくりと彼のことを観察している風に感じられた。

やがて興味が無くなったのか、そいつはフイッと身体を返した。
そしてさっきの空き缶を拾い上げると、山の中へ消えていったそうだ。

しばらくの間、腰が抜けたように動けなかったらしい。
流石にそれ以上山に籠もる気がせず、夜が明けるとすぐに下山した。

後日、その地方の昔話や言い伝えを色々と調べてみたそうだ。
その中に、山女房と呼ばれるモノノケの話があったという。

人に似てはいるが人ではなく、女の性しか産まれない存在であるようで、子孫を残すために時々里に下りてきて、男と交わったと言われていた。

「でも顔が見えないとか、魚みたいな肌であるとか、そんなことは全然これっぽっちも伝えられていないんだよなぁ。俺が見たのは、山女房とはまったく違う何かなのかもしれん」

「盛りの時期じゃなくて良かったじゃないか。相手がその気になってたら、お前、山に連れ込まれてたかもしれん」

私がそう言うと、彼は歯を剥いてこちらを睨んだ。

件のキャンプ場は現在閉鎖されていて、もう訪れる者もいないという。

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