11年前のこと。
当時、林が点在するド田舎に住んでいた。
秋のある日、隣に住むお年寄り(以下、Kさん)に「最近、変な音がせんか」と聞かれた。
それはニワトリの鳴き声を低くしたような音で、どこからともなく聞こえてくるらしい。
俺はそんな音は聞いていなかったし、どうせどこかのニワトリだと思っていた。
ところが、それから3週間くらい経った日の夕方に「ボワーン」という音を聞いた。
どこから発せられているのかわからない音で、気になってすぐにKさんの所に行ったら例の音とのこと。
音が続いた時間は4秒くらいだけど、明らかにニワトリとは違う。
バイクや列車の音とも違う。
同じころ、付近で不審者の目撃情報が多発しているという噂が広まって注意が呼びかけられていた。
街灯もほとんどないし林が多いから夜はそれなりの雰囲気があるけど、それまで不審者情報は耳にしたことはなかった。
不審者と言っても直接害を与えるようなことはなく、林の周りをウロウロしていたりするだけらしい。
ただ、その姿が異様で、砂時計のガラス部分から長い脚が生えたような姿でシルエットしかわからないとか。
俺は夜道を歩くときには林をできるだけ避け、何かあったときに映像に残せるようビデオカメラを持参するようにした。
数日後の薄明時、ついに異様なものを目にした。
150~200m先の林の横を通る細い道に変な影が現れた。
確かに人間のようだけど、一つの塊のように見える。影が小屋の前を横切ったとき、それが巨大なことに気がついた。
その道を何度も通ったことがあるけど、小屋の高さは目測で220cmくらい。
影はこの2倍弱ある。
ビデオカメラを持っていたことを思い出し、撮影することにしたけど、ちょうど影の反対側から犬の散歩をしている人が歩いてきた。
ところが、その人には何も見えていないようで、そのまま側を通っていった。
影は道を横切り、それから2~3秒で空間に溶け込むように消えた。
当然、俺は急に怖くなって走って帰宅した。
ビデオの映像を確認すると、灰色の影の周りには霞のようなものが纏わりついていて、長い脚のような部分がうっすら見えた。
小屋の前を横切る時、影が回転したのか、腰の括れのような細い部分が露になった。
括れの高さは小屋の天井とほぼ同じ。
やっぱり全体の高さは小屋の1.7倍はある。
撮っているときには気づかなかったけど、影の近くに周りより黒く見える空間が出現して、その部分だけノイズのようなものが入っていた。
直後、影にも黄色い斑点のようなノイズが走って影も変な空間も消えてしまった。
消える瞬間にはあの謎の音も録音されていた。
見てはいけないものを見てしまった気がして背筋が凍りつき、テープは誰にも見せずにすぐ処分した。
後でKさんにこのことを話すと、この影はKさんが子供のころに付近一帯で「ツキハリガシラ(突梁頭?)」と呼ばれていた屋根ほどの背丈の悪霊で、暗闇で黒いシルエットとして見た人はたくさんいるけど、はっきりした姿はわからず、薄明時に姿を現すのは珍しいという。
ただ、悪霊扱いされているけど特に悪いことは起こらず、一帯ではツキハリガシラが現れた年に逆に良いことが起こっていて、Kさんはツキハリガシラを悪霊ではなくて厄から土地を守る神様だと言っていた。
Kさんの父親は「あれは蚊柱だ」とはぐらかしていたらしい。
翌年、林が切り開かれて家が数軒建ち、影の目撃談もなくなった。
別の空間に帰ったのかもしれない。