私の実家は千葉のとある地方で、まぁお世辞にも栄えた場所では無いんですが、ちょっと電車に乗れば千葉駅だって遠くは無いし、自然と文明のバランスがなんとも絶妙な地域なんです。
母方の実家なもので、子供の頃は毎年必ずお正月に、まぁお年玉目当てなんですが、欠かさず帰省していましたが、大人になってからはからっきしでした。
そんな折、仕事を終えて家に帰ると、いつも真っ先に「おかえりー」と声をかけてくれる母が居ません。
ちょっと本屋に寄ったりレンタルビデオを借りたりと、所用を済ませてからの帰宅だったので、この時間に母が家に居ないのは普通では考えられない。
リビングに居た父に聞くと、兼ねてより癌を患っていた祖母が危篤との事で、急きょ実家に帰ったとの事でした。
末期癌だと言うのも聞いていましたし、その上で危篤という事なら、そう言うことなのだろうと、私はもう3年程顔を見せて居ない祖母を思い出し、少し悲しい気持ちになりながらも、明日に備えて晩御飯も取らずに寝ました。
朝起きると父親が喪服の準備をしていて、昨夜亡くなったとの事でした。
母方の田舎では、とにかく人が亡くなった時の儀式が何もかも早くて、今日が通夜で明日そのまま葬儀し、荼毘にふされるとの事でした。
私は父方の関係にいまのところ不幸が無い事もあり、お葬式ってそう言うものだと思ってたんですが、
通夜、葬式、火葬と、ここまで早いのは珍しいそうですね?
とりあえず私も、とってつけた様な喪服姿に身を包み、父の運転にて千葉へ。
母方の親族は殆どがその地域や周辺に住んでいるため、あらかた皆さん揃っていまして、私も久しぶりなので、挨拶などを済ませ、祖母の前に座り冥福を祈りました。
そして田舎のお葬式とはまさにこれ、と言わんばかりの、長い机に所狭しと置かれた寿司やら、煮物やら、惣菜やら、そしてお決まりのビールに焼酎に日本酒。
喪主である叔父も、母は生前から賑やかなのが好きな人でしたので、「今夜は皆さん楽しく過ごして下さい」との事でしたので、母も叔父も、親戚の叔父さんも、この地方周辺に住んでいる親戚の方々も、みんなドンチャン騒ぎを始めました。
もう一度言いますが、私にとってお葬式とは、こういうものだと思ってました。
そんな皆がワイワイやっている中、父が隅の方で所在無さげに一人ビールを飲んでいるので、まぁ母方の家な訳だし、肩身が狭いのも分かる分かると、私も酔っ払っていましたので、「お父さんなにしてるの?今日は御通夜なんだからもっと飲んで楽しまないと!」なんて少し絡んでみても、返事もせずに頷く程度でした。
私もちょっと様子が気になったので、横に座っておとなしくしていると、父が話し始めたんです。
父:「おまえさぁ、お葬式って、いままでこっちの家のしか出たこと無いだろ?」
私:「うん」
父:「お母さんの実家のお葬式は、ちょっと変わってるからな」
私:「そうなんだ?どこが?」
父:「まずお通夜の日にさ、無くなった人の名前を言う人が一人も居ないだろ?」
私:「あぁ、そういえばそうだね。ていうか言っちゃダメなんでしょ?悲しいから・・だっけ?」
父:「まぁお前はそう思ってるんだろうけど、それは普通じゃないぞ。それに、この家にお母さん(祖母)の名前が書かれたものは、今ひとつも無い」
私:「ええ?何で?保険証とか、手紙とかさ、そう言うのはあるんじゃないの?」
父:「それは多分、燃やしても大丈夫なものは、亡くなったらすぐに燃やすらしい。登記簿とか、色々な書類なんか燃やせないものは、お寺に置いてある」
私:「なんでそんな事するの?」
父:「俺もお母さんからちょろっと聞いただけなんで、詳しくは無いんだが、なんか亡くなった人が、名前のあるものを頼りに戻ってくるからとか・・・」
私:「そんな理由があるんだ・・・でもそれは風習っていうか、迷信っていうか、そう言うものでしょ?」
父:「俺もそうだと思ってたんだよ。まぁ田舎だし、そういう独自の考えなのかなって」
私:「そうそう。だからって、元気無くすほど気味の悪いもんでもないじゃん」
父:「いや、こっちの通夜は寝たらダメだろう。だからあんまりお酒飲んで眠くなっても・・な」
母方の実家の通夜は、字のごとく夜を通して宴会をします。
私からすれば、何も不思議では無いのですが・・・。
私:「まぁお父さんも歳だからねぇ。でも通夜ってそう言うもんなんだからしょうがないでしょ」
父:「お前おかしいと思わないのか?大人はあんなに大酒のんで酔っ払って、誰も潰れない。子供も寝てないんだぞ?寝ようとしたら無理やり起こしたりもする。本当に小さい子や赤ん坊はここには居ない」
私:「あ~私も子供の頃、誰だかのお葬式で、夜中にボーリングだっけ?行ったなぁ。あの時は眠かったけど、『通夜だから我慢しなさい』って言われたっけ」
父:「それでな、俺はお前がまだ産まれてくる前に、こっちの家の通夜で寝てしまったことがあるんだ」
私:「お父さんそれダメじゃん、通夜なのに・・・で、どうなったの?ワクワク」
父:「うん・・・夢にな・・その時亡くなった人が出てきた・・・それで、夢で一杯話しをしたんだ。お母さんの事や、将来生まれるお前の話しなんかをしたなぁ。天国に行く前に色々話しておきたいんだなって、俺も夢の中だし何にも気にせず言ってたんだよ」
私:「言ってったって、何を??」
父:「名前」
私:「夢の中でその亡くなった人の名前を言ったの?」
父:「夢とは言えなぁ。『あなた』とか『ちょっと』なんて言いながら、会話できるもんじゃ無いだろう?」
父:『○○さんはそうだったんですか!いやぁ俺もね!』なんて気持ち良く話してたんだ。名前を言ってはいけない、と言うのはお母さんにキツク言われてたけど、まぁ夢だしな」
私:「うんうん、それで?」
父:「でな、激しく体を揺さぶられて起きたんだよ。その時もこっちではそんなに親しい人も居ないから、端っこで飲んでたんだけど、うとうと頬杖ついて寝てたから、周りの人も気づかなかったらしい。で、私に話しかけに来たお母さんが俺が寝てるのを見て、慌てて起こしたんだ。そしたらな、さっきまで酔っ払って大騒ぎしてた親戚の人達にな、一斉に詰め寄られて聞かれたんだよ」
私:「な・・・なんて?」
父:「『アンタ、夢を見ただろう?』ってな。なんで『夢を見たか?』じゃなくて、『見ただろう?』って聞くのか不思議だったんだけど、別に、故人の夢を見て楽しくお話ししてました、ってのは悪い話じゃないだろう?だから俺もそう思って、正直に『夢を見て楽しくお話しさせて頂きました』と言ったんだ。そしたらまた質問されて、『話したって事は、故人の名前を言ったんかい?』と。『はい、まぁ夢の中ですしねぇ』なんて簡単に返事したんだよ。そしたらな、お母さんは卒倒しちゃうし、親戚の人は蜂の巣をつっついた様な大騒ぎになったんだよ。『あんた、もう・・・ほんとにっ!』って怒られたのか、何なのか分からないまま色々家の中を片付け始めて、俺も手伝わされた」
私:「で、結局どうなったの?凄く怒られたってだけ?」
父:「朝になったらな、普通にお葬式が始まって、何事もなく過ごしてな。さぁ、焼場に向かいましょうという所で、家に消防車とか地元の消防団の人とか色々きてな」
私:「まさか火事とか?呪いとかそういうので!?」
父:「いや、違う。消防車とか一通り揃ったらな、火をつけたんだ。前、ここに建ってた家に」
「えええええ??なんで?この家って、昔からある家じゃないの?そこそこ古いし!」
父:「お前の産まれる前に来た時とは違う家なんだ。通夜にその人の名前を呼ぶと旅立てない、という考え方なんだ。こっちの人は。だからな、火をつけたんだ・・・。さっき焼場に向かうところでって言っただろ。その時○○さんもここで焼かれたんだ・・・。この場所で名前を呼ばれてな、未練がここに憑いてしまうから、その場所で焼いてあげると天国にいけるそうだ」
私:「そうなんだ・・そんな事あったんだ・・だから寝たらダメなんだね・・・夢の中でも名前を言ったらダメってことかぁ・・・」
父:「俺はな、悲しかったんだよ。夢の中でとは言え、楽しく話したんだよ○○さんと。色々な事。ほんとに色々な事を・・・今でも楽しい話をしたという感覚は残ってる。いくら風習って言ってもな、そんな最後の場所ごと燃やされてな、遺灰は・・・埋められてるんだよ。この家の下に。名前を呼ばれたその場所で焼くと、それが天国にいけるってことに繋がるんじゃなくて、焼かれた場所だから、辛い思いをした場所だから近寄らなくなるんだと。そうしてるうちに、天国に行く期限が来るそうだ。
だから通夜、葬式(初七日も同日にします)は早く終わらせて、それから名前を言っても良い事になる・・らしい。だから俺は寝れないんだ。目の前で家ごと燃やされる、さっきまで夢で話していた人・・・そんな悲しい思いはもうしたくないし、見たくない」
すいません。
無駄に長い上に、怖くも無いしオチも無いです。
でも正直私は、もしお母さんが亡くなった時はどうしたら良いのかと考えたら、ちょっと怖いし、悲しい気持ちになりました。
母がそう言う考え方で育った人である、という事は事実なので・・・。
お葬式って特別な思いが沢山集まる場所だから、どんな考え方も間違いでは無いと思うし、批判も出来ないと思います。
でも、きっと父は、通夜でたっぷり寝て、お母さんと夢の中で名前もいっぱい呼んであげて、最後に楽しく過ごすんだろうな。