『小鳥子象』に連れ去られる

カテゴリー「不思議体験」

子供の頃に体験した不思議な話を投下させてもらいます。
幼少の頃の記憶が元になっているので、あやふやなところもあるけどそこはご勘弁を。

まず話は俺が小学校に上がる前の頃の話。
俺はその頃、広島県に住んでいた。
で、オヤジの仕事の都合で引っ越すことになったんだ。

引っ越し先はいわゆる新興住宅タウン。
都会で生まれ育った人にはピンとこないだろうけど、要するに、山を一つ切り開いて造成して、住宅タウンとして新しく町を作ろう!ってな感じのとこ。

当時、広島県には、そういった新しく出来る住宅タウンが非常に多かったらしい。
その住宅タウンは、山道を車で登っていくと突然周りが開けて、そこに町があるといった風情。
なのでその町は、山に囲まれるようになってたんだ。

新しい家に引っ越してきて、でも基本的にはまだ田舎だから、夜はものすごく暗い。
オープンしてまだ間もないタウンなので、人もそんなに多くはなかった。
なので、親から俺はこんなことを言われた。

親:「暗くなるまで遊んでると『小鳥子象』に連れ去られて食べられるよ」

まぁ今にして思えば、大人が子供に『早く帰ってこい』って意味の脅しなわけだが、子供の俺にしてみれば、『小鳥』の顔をして、でも胴体が『子象』。
そんな化け物がいるのかと凄く怖くて、どんなに外で楽しく遊んでいても、夕方には必ず帰るようにしていたんだ・・・。

で、うちの数軒隣には、もうかなり前からこの土地に住んでるっていう家の、M子という俺と同じ歳の女の子がいた。
すごくかわいい子で、まぁ俺の初恋の子なわけだが。

ともかく、その子ともよく遊んでいた。
周りには空き地が数多くあり、また建築途中の家もいっぱいあったので、俺たちはそういうところに忍び込んでは、「秘密基地だ!」と言いながら、人形が自分たちの子供という設定で夫婦ごっこをしてみたり、またM子の部屋に入って漫画とか読んだりして遊んでいた。

そんなこんなで小学校に入って、もちろん男の友達とかとずいぶんとヤンチャな遊びもしたけど、M子とも引き続き遊んだりもしていた。

そうこうしてるうちに、ある日ふと気付いたんだな。
あれ?M子って同じ歳なのに、なんで小学校にいないんだろう・・・って。

ただやっぱり子供なのか、そんな大事なことをあまり深くも考えなかった。

ある日、小学校の遠足で裏山のG山ということに登ることになった。
G山は、子供の足で頂上まで1時間30分くらいだったと思う。
頂上には社みたいなところがあって、でも木々が高く昼間でも薄暗くて、少し薄気味悪いところ。

で、列になって山道を登ってると、ふと気付くと横にM子がいたんだ。
あ、なんだ、M子もやっぱり同じ小学校だったんだ・・・何組だろ?
そう思いながら、M子と手を繋いで一緒に登ることになった。
ただM子は、いつもと違ってちょっと暗い顔をしていて、言葉少なかったのを鮮明に覚えてる。

どうにか頂上について、お弁当タイムということで、M子と一緒に食べようとM子の姿を探したけど、見つからないんだな。
それに、女子と一緒にお弁当食べてると、友達にからかわれるような気もして、その日は結局、下山するときもM子の姿は見えなかったんだ。

で、その日以降、なぜかM子の姿を見ることが少なくなった。
いや、これははっきり覚えてないんだが、そのG山に遠足で登った日以降も、M子と何回か遊んだ気もするし、それっきりM子の姿を見てない気もする。
その辺の記憶はもう定かではない。

小学2年の終わりに俺は、またもやオヤジの都合で今度は東京に引っ越しすることになった。
その頃にはもうM子のことはあまり気にならず、別の女の子が好きだった。
引っ越しで出発する日も、大してM子のことは気にしてなかった。

ここまでが子供の頃の話。
長くてスマン。
で、本題はここからだ。

小学3年の春に東京に引っ越してきた俺は、その後ずっと東京にいて、広島県には全く帰ってなかった。
今でもH県には婆ちゃんや親戚は住んでるが、俺自身はあまり交流は無い。
で、数年前に2chのこのスレをみつけて、まとめサイトを読んでると、まぁまずは『コトリバコ』の話が目に付く。

読んでるときは何とも思わなかったけど、数日後にタバコを吸いながら、「そういうえばコトリバコって、子取り箱って書くんだよなぁ・・・島根県っていうから、近いよなぁ」、なんて思ってて、それでピン!と来たんだ。

「あれ?昔、親から脅された小鳥子象って・・・俺が勝手にそう思ってただけじゃ・・。コトリコゾウ・・・子取り小僧ってことか???」

その瞬間背筋がゾクッとした。
いや、まさかな。
でも、島根とは隣だし、当時俺が住んでいたところは、広島県のハズレの地方で島根との県境も近い。
「なんか関係あるのか?」と思い、翌日親に電話で聞いてみた。

俺:「コトリコゾウって子取り小僧ってことか?それってどういう話なんだ?」

親:あぁそうよ。あんたよく覚えてるねぇ。A地方に伝わる話らしいよ。でも詳しいことは私も知らんわよ」

結局その時は、子取り小僧のことはよく分からない仕舞いだった。

それから数ヶ月後、たまたま仕事で広島にいった俺は、2日ほど休みを取って、レンタカーで昔住んでいた住宅タウンに行ってみることにした。
カーナビでなんとか辿り着いたその住宅タウンは、昔とほとんど変わらない・・・。
いや、むしろ地方経済不況の波で、ゴーストタウンっぽくなっていた。

当時住んでいた家は、もちろん今は他人の家だが、外観自体はそのままで懐かしく、その家の前で車を降り、しばらく周りを散歩してみることにした。
で、目に入ったのがM子の家。
M子の家も当時と全く同じ外観だった。

M子はもう当然結婚してどっかに嫁いでいるだろうから、実家にはいないだろうけど・・・俺のことはまだ覚えているだろうか?
そういえば、お別れも何も言わずに引っ越してしまって悪いことをしたな。

そんなことを思いながら、M子のお母さんがいれば話を聞けるかもしれないと思い、思い切ってM子の家の呼び鈴を鳴らしてみた。

「はーい」

出てきたのはM子のお母さん。

俺がなんて説明しようかと迷っていると、お母さんが「あら?もしかして・・・Sちゃん?(=俺の名前)」と言ってくれた。

M子のお母:「まぁー懐かしいわねぇ、大きくなって。あがっていきなさいよ。お茶でも飲んでいって」

そういうことで、家の中に通してもらったんだ。

M子のお母「でもまぁどうしたの?突然に」

俺:「いや、仕事でこっちのほうにきたのでつい懐かしくなって・・」

しばらくは俺の近況報告みたいなのになったんだが、話が一段落したところで切り出した。

俺:「M子ちゃんは今はどうしてるんですか?」

M子のお母:「・・・・・・・」

無言なまま5分くらい経っただろうか。
下を向いたまま何も話そうとしないM母。
俺もちょっと、何かまずいことを聞いたんだろうか・・・と後悔しはじめた頃に、やっとM母が語り出した。

M子のお母:「Sちゃんは・・・まだ小さかったから何も分からなかったのよね。で、すぐに東京に行ったから、知らないままだったのね・・・」

俺は訳も分からずポカーンとしてると、M母が全てを教えてくれた。

以下はM母の話だ。
方言は標準語に直してるし、話はもっと長いんだが、ある程度要約もしてることを先に断っておく。
また、人権問題の微妙な話も含まれるので、その辺りは割愛する。

M母:「M子がまだ1歳の頃の話よ。その頃はまだこの辺りはこんなに開けてなくてね。山の中の小さな村で・・・この辺りは今でいう『同和』っていうの?要は部落があったのよ。部落の話は、Sちゃんもある程度は知ってるわよね?」

M母「で、ある時、この辺りを開発するってことで県のお役人がやってきて、私たちと県のお役人で大喧嘩が始まったのよ。私たちとすれば、この土地でこれからもずっとひっそりと暮らしていきたいのに、そんな新興住宅タウンを造るなんてとんでもない!と。」

M母:「そこで、村の男達が毎晩集まって相談をしていたのね。この地方にはね、コトリコゾウ様っていう言い伝えがあって、生まれて2歳までの女の子を、生け贄としてコトリコゾウ様に差し出すと、もの凄い力で憎い相手を退けることができるって言い伝えがあったの。」

M母「私達も、もうここ何十年もそんなことはずっとしていなかったんだけど、村の長が『コトリコゾウ様に生け贄を差し出す』って言い出してね。そしたら村の男達も『それしかない!』ってことになったのね。」

M母:「そのとき村には、2歳までの女の子はM子しかおらず、結局白羽の矢がM子に立ったわけ。そりゃ私やお父さんは大反対したわ。でもね、結局、長には逆らえず、泣く泣くM子を生け贄としてコトリコゾウ様に差し出したわ。裏にG山ってあるでしょ。あの山の頂上に社があるんだけど、Sちゃんも行ったことあるでしょ?あの社にはコトリコゾウ様が祀られているの。長が泣き叫ぶM子を私達から奪って、G山に連れていったわ・・・。」

M母:「でも結局、その後すぐに開発計画は決まって、この辺り一帯は大きく変わったわ。当然部落もそのときに全て壊されてね。元々住んでいた私らは、この土地に残る者、県が用意した他の土地に越していく者、いろいろだったわ。結局、コトリコゾウ様なんてただの言い伝えだったのよ・・・。Sちゃん達がここに越してきたのは、町がオープンしてすぐの頃だったわよね。」

ここまで聞いて、俺はもうパニックだった・・・。

俺:「嘘でしょ?だ、だって俺小さい頃、M子ちゃんと遊んだりしてましたよ?この家にも何回か遊びにきて、お母さんもいましたよね??」

上ずった声で必死にM母に問いかけた。
そしてまたM母が語り出す。

M母:「えぇ、そうね。SちゃんはよくM子と遊んでくれてたわね。私はね、Sちゃんが近所で一人で遊んでる姿をよく見かけたわ。また、一人でSちゃんがうちにあがってきて、M子のためにと空けてあった部屋でずっと遊んでいたわね。」

M母:「私らにはね、M子の姿は見えないんだけど、うちのお父さんと、『あぁSちゃんにはM子のことが見えてるんだね。M子も遊びたい盛りの年頃だ。Sちゃんには悪いが、しばらくつきあってもらおう』って話してたの。」

M母:「そして、ある頃から、Sちゃんがそうやって一人で遊んでる姿を見なくなったわ。これは後から聞いた話なんだけど、○○小学校の1年生って、毎年G山に遠足で登るんですってね?Sちゃんも行ったんでしょ?これは私の推測なんだけど、SちゃんがG山の社に行ってくれたおかげで、多分M子も成仏したんだと思うわ。」

M母:「大きくなったら、Sちゃんにはきちんと話そうと思っていたけど、すぐに東京に行ってしまったでしょ?お父さんも私もそのことだけが気がかりだったけど、今日こうして話せてよかったわ。
M子のお墓は××の近くにあるの。もし時間があったらお墓参りしてくれると嬉しいわ。」

もう・・・俺は涙目。
自分はずっと霊感なんてこれっぽちも無いと思っていた。
いや、むしろ霊とかそんなものは絶対にいないと思っていた。
一応、理系出身なので、科学が全てだと思っていた。
けど、もうこの話を聞いたときには涙が止まらず、ただM母の話をうなずいて聞き、そしてM子のお墓参りをして、東京に帰ってきた。

最近になってようやく、このことの整理が自分の中でついてきて、このスレに書いてみようと思った。
有名なコトリバコに、コトリコゾウは関連があるのかどうかは結局分からない。
また今でも、M母の話が本当のことかどうかは俺にも分からない。
自分の記憶の中ではM子は確かに存在していた。
遠足の途中で握っていた手の温もりはしっかりと覚えてる。

そもそも・・・俺の初恋って・・・。

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