俺が中学生の頃だったからもう15年も前の話だ。
田舎での恐怖体験の話をしようと思う。
俺の田舎には山がある。
平野の真ん中にポツンと出来た山だ。
大きさはまぁまぁで、そこは昔から様々な怪奇現象が起こる事で有名なスポットだった。
山頂には戦国時代の城跡や墓地があり、昼間は観光客等も来るが夜は誰も近づかない。
俺が中学に上がった頃、地域のご意見番の婆さんが倒れ、山の麓の病院に入院した。
婆さんに身寄りは無い。
以前は息子がいたそうだが、若い頃に病気で亡くなったそうだ。
婆さんの事を煙たがってる村人もいたが、ウチは世話になったのでよく家族で見舞いに行った。
見舞いに行くと婆さんは余程嬉しかったのか、皺くちゃな顔を丸くしてニッコリと笑って喜んだ。
婆さんはかりん糖が好きなのだが総入れ歯なのでハンマーで砕いてあげては、よく食べさせた。
そんな状態が1年ほど続いたある日、事件は起こった。
婆さんがいなくなった・・・。
元々、認知症のケがあったのだが、この頃にはだいぶ酷くなっていた。
病院や村は大騒ぎで、みんなで手分けして捜索に当たった。
ウチも俺と親父が参加した。
病院の話では、恐らく山頂へ向かったのではないかという話だった。
前にも脱走したことがあり、看護婦も手を焼いているという事だった。
俺と親父は懐中電灯を片手に後を追った。
時計を見ると午前零時だ。
山の中なので、もちろん街灯などは無い。
麓で親父は俺に2つのものをくれた。
1つはお札。
もう1つは赤い紙を鳥居の形に切ったもの20枚程だ。
俺は「何これ?」と聞いたが、親父は真剣な顔をしてこう言った。
親父:「いいか、この山は鎧兜を身に付けた昔の亡霊が出よる。お札は首から下げて絶対になくすな。紙の鳥居は亡霊が現れたら四方に置き、いなくなるまでやり過ごすんだ」
親父は小さい頃からこの山で遊んでいた。
いわば庭みたいなものだ。
安全な所、危険な場所も熟知している。
亡霊や物の怪にも何度も遭遇したという。
もらった鳥居はいわば魔除けのようなもので、親父が小さい頃にあの婆さんに教えてもらい使っていたと言う。
俺はこんな夜中にこの山へ入るのは初めてだった。
緊張しながらも親父についてゆく。
時折、夜行性の鳥の鳴き声が聞こえるとビクッとする。
空は曇り月が隠れている。
真の闇だ。
俺は怖くてしょっちゅう後を振り返った。
しばらくして親父が立ち止った。
俺は何事か!?と思ったが、どうやら婆さんの手拭いが捨ててあったらしい。
俺は何だ手拭いかと安心したが、親父は小さい声で「シーッ」と言うと、しゃがむように合図した。
「シャンシャンシャン・・・」
遠くから鈴の音が聞こえてくる。
俺は背筋がゾクゾクし何とも言えない嫌な感じがしてきた。
親父は鳥居を出すように合図したので、二人を囲むように鳥居を置いて息を潜めた。
と、何かが揺らめいて見えた。
「ボッボッボッ」
鬼火だ・・・。
鈴の音の方向に見える。
きっと親父の言っていた亡霊に違いない!
時折、鎧がきしむ音や槍がカチャカチャする音まで聞こえてくる。
恐ろしいのは地面を這うように聞こえてくる声とも叫びともわからない響きだ。
「う”お”お”お”お”ぉ”ぉ”・・・」
俺は怖くなり震えていた。
明らかにこの世に怨恨を残して死んでいった魂達だ。
俺達の30mくらい先を、麓から山頂に向けて行軍していた。
どれくらい時が経っただろう・・・。
親父が「もういいぞ」と言うので目を開けた。
やつらはいなくなっていた。鳥居は真っ黒になり焼け焦げていた。
俺たちは先へと進んだ。
しばらく登ると少し開けた場所に出た。
古い石碑があったので、懐中電灯で照らすと「首切り塚」と書いてある。
自殺の名所だ・・・。
俺の友達のお兄さんもここで亡くなった。
昔ここで罪人の首を斬って崖下へ投げ落としたのが名前の由来らしい。
途端にゾクゾクしてきた。
親父:「いいか、ここじゃ何があっても振り向くなよ。何があってもだ。」
その瞬間、親父が消えた・・・。
いや正確には周りの風景すべてが闇と同化したと言うべきか。
音や親父の声も聞こえない。
俺はパニックになりキョロキョロしたが、さっきのおやじの言葉を思い出し、固まった。
「ヒッヒッヒ・・・ヒッヒッヒ・・・」
薄気味悪い声が聞こえる。
と、背後から何かが近寄ってくる音がした。
「ザッ・・・ザッ・・・ザッ・・・ザッ・・・」
「シャリシャリシャリ・・・」
何か金属質のものを引きずりながら何かが近づいてくる・・・。
親父もどこにいるのかわからない。
すぐ後で「ハァハァ」と声がし、そいつの息が首の後にかかる。
俺の首を斬り落とす気か・・?
俺は恐怖で頭が真っ白になった。
振り向いてはいけない・・・振り向いては・・・。
後にいるやつが刀(たぶん)を振りかぶろうとする気配がした。
瞬間、俺は耐え切れず後へジャンプした。
途端に視界が戻り俺は唖然とした。
崖っぷちだ・・・。
見るとギリギリ崖っぷちに立っていた。
もしもさっき刀をかわす為に前へジャンプしてたら・・・。
俺は腰が抜けその場にしゃがみこんだ。
親父も無事だったようで、すぐに俺の所へ駆けつけた。
「あぶなかったな」と言い辺りに塩を撒き始めた。
親父の話では今のは亡霊ではなく物の怪なのだという。
亡霊に化けて人を脅かしたりイタズラをする。
もっともこいつらは、かなりタチが悪い部類らしいが・・・。
俺達は少し休んで再び登り始めた。
しばらく進むと何かの鳴き声が聞こえた。
聞き耳を立てると何やら人間の赤ん坊の泣き声のようだ。
「オギャーオギャー」
親父はボソッと「狢(むじな)だ」と言った。
道を迷わせる為に人の赤ん坊の真似をしているのだという。
泣き声のする所へ向かっても決して辿り着くことはなく、永遠に彷徨い続けるらしい。
ほどなくして俺達は池の脇に出た。
ここまで来れば山頂は近い。
親父が「小石を拾え」と言うのでいくつか拾った。
池を通り過ぎるまで、水面に小石を投げ続けるのだという。
俺は何でだ?と思って聞いてみた。
親父:「今夜は満月だからな。池に映る月を使って河童が化かしやがるんだ。あいつらは怪しい術を使うからな」
気が付くとさっきまで雲に隠れていた月が顔を出した。
俺はよくわからなかったが親父に言われる通り、小石を投げながら池の脇を通り過ぎようとした。
と、急激に気分が悪くなってきた。
体が熱い。
目まいがする・・・。
親父は「まずい!」と言って俺を抱え、足早に池の向こうまで遠ざかると木の陰に隠れ、持ってきたペットボトルの水を俺の体にかけた。
俺はわけが分からず親父に尋ねると、河童に攻撃されたのだと言う。
いつの間にか親父が置いた鳥居がブスブスと煙を上げ、みるみる焦げてゆく。
親父:「あいつらは遠くからでも人間を殺せるんだ。人の血を沸騰させて殺すんだ。あいつらに近寄っちゃなんねぇ」
俺はありったけの水を飲まされると、少しして落ち着いた。
そして親父と猛ダッシュで山頂へと走り抜けた。
ここまでで婆さんの姿は無かった・・・。
他の村人達が見つけてくれていればいいが、安否が不明なので俺達はとりあえず山頂まで行ってみることにした。
そこは地獄だった。
おびただしい数の亡霊達が蠢き、物凄い瘴気が辺りを包んでいた。
なぜこんなにたくさんいるんだ?
とてもじゃないが、俺達二人でどうにか出来るレベルを超えている。
すると親父がこう言った。
親父:「たぶん婆さんが集めたんだ」
俺はそんな馬鹿な・・・と思ったが確かにそれしか考えられない。
元々、色々と不思議な術を使う人だった。
亡霊を集めることなど簡単なのかも知れない。
普段はそんな事はしないが、認知症が進行して無意識にそれらの力が暴走しているのかも・・・。
親父:「こりゃぁ無理だ・・・」
親父が諦め気味につぶやいた。
俺もそう思った。
幸い他の村人はまだここには来ていない。
まぁ来れる人も少ないだろうが・・・。
ふと高台に目をやると、白装束の小柄な人間が動いてるのを見つけた。
婆さんだ!
一心不乱に何かを祈っているようだった。
あの亡霊の群れを突破して婆さんに近づくことは不可能だ。
しかも婆さんは気がふれた状態なので、何をするか分からない。
俺は親父と相談して朝までここで待つことにした。
日の出まであと1時間程度だった。
と、背後に嫌な気配がした。
「う”お”お”お”お”ぉ”ぉ”・・・」
しまった!
前にばかりいると思っていた亡霊達が後方にもいたのだ。
囲まれているぞ・・・。
俺と親父は青ざめた。
咄嗟に鳥居を置くが見る見る焦げてゆく。
残りは12枚、つまり3回分しかない。
とてもじゃないが夜明けまでもちそうにない。。。
婆さんは高台の祠に向かって一心不乱に祈祷をしている。
誰の目にもまともな状態ではないのが分かる。
鳥居が凄まじい勢いで火を噴出した。
戦国武者の亡霊が目の前を横切ってゆく。
触れただけで魂を抜かれそうだ。。。
いよいよ最後の鳥居が燃え尽きようとしている。
空は薄っすらと明るくなってきてはいるが、とても日の出まではもたない。
親父は自分のお札を俺の首にかけると、鳥居が燃え尽きたら全力で麓まで走るように指示し、俺の体に塩を塗りたくった。
と、いつの間にか目の前に婆さんが立っていた。
婆さん:「おやおや、こんな所にも山さん(亡霊のこと)がおったがねぇ」
そう言うと婆さんは何かの印を結んだかと思うと、周囲の亡霊達が一斉にこちらに向けて歩き出した。
俺は「婆さん、俺だよ!わからないのかよ!」と怒鳴ったが、正気ではないからなのか俺達を亡霊だと思っている。
そして鳥居が燃え尽きた。
親父は逃げろと言ったが恐怖で足が動かない。
婆さんは「ヒャ~ッヒャッヒャッヒャ」と笑っている。
その様は完全に人間ではなく、物の怪に取り憑かれているのがわかる。
婆さん・・・。
かつて色々な災いから俺を助けてくれた婆さん。
その姿はもうここにはなかった。
首からかけたお札が2枚とも弾け飛んだ。
俺と親父は地面にしゃがみこんだ。
もうダメだ・・・俺は死を覚悟した。
と、その瞬間ポケットから何かが転げ落ちた。
「う”っぐっ・・・」
婆さんの様子がおかしい。
足元を見ると、かりん糖が転がっていた。
俺は咄嗟にそれを拾うと婆さんのクチの中へ詰め込んだ。
「ん゛ん゛~ん゛~~う゛う゛う゛~゛ん゛」
婆さんの中から何かが飛び出した気がした。
婆さんは完全に取り憑かれていたのではなかったのだ。
「お”の”れ”ぇ”・・・」
婆さんの体から飛び出た、強い怨念の塊のようなものが叫んだ!
瞬間、物凄い突風が渦巻き状に吹いて、亡霊達を吹き飛ばした。
俺は何が起こったのか分からなかった。
怨霊の塊が婆さんのクチを借りて何か言った。
「おのれ口惜しや!こやつには・・・こやつには強いxxxが憑いておるから落とせん、口惜しやぁ」
その瞬間、朝日が辺りを照らし始めた。
断末魔のようなうねりが周辺を包み、山頂には静寂さが戻った。
俺は婆さんを抱き起して呼びかけた。
俺:「婆さん!婆さん!」
婆さんはぐったりしていたが、一言だけ「すまなかったね・・・」と言うと意識を失った。
ほどなく村人達が駆け付けた。
婆さんはそのまま病院へ運ばれ集中治療室に入ったが、結局そのまま亡くなった。
葬儀の日、婆さんには身寄りがいないので親父が喪主を務めた。
俺は棺の中にかりん糖をたくさん詰めてあげた。
もしこのかりん糖がなかったら、俺と親父はどうなっていたか分からない。
ありがとう婆さん。
そして助けられなくてゴメン。。。
俺はその後しばらく悲しさで呆けていたが、婆さんを守り切れなかった悔しさから単独で深夜の山頂踏破を数回行った。
そんな俺を見て親父が言った。
親父:「いいか、自然ってのはな、人の味方にもなるし敵にもなる。そしてちからってのはな、他人を守れて初めてちからなんだ。人が自分のことを守るのは心が弱いからだ。悔しかったら強くなれ」
その言葉がその後の俺の人生の指標となった。
俺は他人を守れる強さを身につけようと心に誓った。
あっちで見ててくれよ、婆さん。