私は去年まで、親の脛をかじる貧乏学生でした。
しかも実家から離れていて、アルバイトもろくに出来ないくらい厳しい学業生活の二重苦。
恥ずかしながら、骨までバリバリむしゃむしゃな気合いの入った脛かじりでした。
余分なお金などありゃしません。
学費に生活費まで出してもらっているので、帰省時の交通費をおおっぴらに「新幹線で帰るからさ、2万くらいちょうだいよ!」なーんて、口が裂けても言えません・・・。
今は便利な時代、ネットで夜行バスを予約すればかなり安く帰れます。
盆に年末は短いながら必ず帰るようにしていたので、毎回一番安く済むバスを予約して帰省していました。
すみません、前置きが長くなってしまいましたね。
盆を前にしてそのときも、四列ぎゅうぎゅうトイレ無し、ゴワゴワしたブランケット付きの夜行バスで関西から関東目指して、他の乗客同様、私も狭い座席に身を縮こめておりました。
夜行バスを利用なさったことのある方ならわかると思いますが、こういったバスは2、3時間置きにサービスエリアに寄ってトイレ休憩を挟みます。
だいたい10分~15分程度のものですが、トイレのないバスには特に大事な休憩です。
私はそれとは別に、帰省時に毎回ご当地キティちゃんを欲しがる友人がいるので、サービスエリアには必ず起き出してバスを降りていました。
そのときもバックを持って降り、まずはトイレに向かいました。
深夜でしたが、同じように関東へ向かう夜行バスが何台も駐車場に停まっているのもあり、人はそれなりにいます。
だからトイレから出た私の後ろに、同じくトイレから出てきた男性がついて来てもなんら違和感を感じませんでした。
自販機が並ぶ室内に入ったところで、背後から沸き立つ異様なプレッシャーに気がつきました。
それと・・・、臭いです。
花火大会の簡易トイレの中のような、むわっと熱気を伴った不快な臭い。
胃から何かが逆流した気がして、思わず俯き口を押さえました。
私はそこでさらに気持ち悪いことに気がついたんです・・・。
左側の研きあげられた白い床に写る、私のすぐ後ろにピタッと立つ男の姿に。
ドッと胃液と冷や汗が湧きました。
背後に立つ人物は、背の低いずんぐりむっくりな私より遥かに身長が高く、床に写る姿をちらっと見るかぎりでは私の頭頂部を一心に見つめているようでした。
悪いことに自販機コーナーには誰もいず、お土産物コーナーからは死角になっていました。
緊張で動くことが出来ず、固まっていると後ろの自動ドアから誰かが入ってくる音が聞こえました。
すると背後の気配もスッと消え、臭いも遠ざかっていったのです。
最後に髪を触られた感触がしたのですが、変な男に襲われなくてすんだ安堵で気にもとめませんでした。
私は休憩時間の終わりが近づいていたので、去っていっただろう男を振り返らず、慌ててバスに乗り込みました。
座席に座ったとき、またあの不快な臭いがした記憶があります。
そのあとは無事に目的地につき、さらに電車を乗り継ぎました。
実家に帰ってきた私をみるなり、母は「駄目だ、髪切らないと」と私の下ろした長い髪をまとめあげ、かなりの長さをいきなり切ってしまったんです!
私、ボー然。
でも母が玄関をあけ、外に散らした髪を見て意味が理解出来ました。
私の髪は黒髪なのですが、外を舞う髪は真っ白だったんです。
まだ母の手に残っていた髪はまるで埃のようでした。
とたん、襲ってくるあの不快な臭い。
サービスエリアで嗅いだものをより濃縮したような強い臭いに襲われました。
また背後にあの男が立っている気がしてビクビクしていると、台所に走った母が塩を持って戻ってくるなり頭目掛けて塩を投げつけてくるではありませんか!
鬼の形相で、「娘に手を出したら承知しない」だとか「誰の子に目ぇつけてんだ、このドクサレ野郎!」とか言ってくるので本当に怖かったです。
やがて塩も尽き、あの不快な臭いもしなくなると、母は塩と散った髪を丁寧に掃き集めて、庭の隅で燃やしはじめました。
その上に髪の毛入り塩釜でも作るように追加の塩を盛りながら、「地獄で高血圧になって死ね」と呟いていたのでさらに怖かったです。
どうやら私はサービスエリアにいた、たちの悪い霊に何故か目をつけられ、霊が憑きやすくなる印を髪に付けられたらしいのです。
もうすでに何体か憑いてきていたようですが、母の鬼気迫る除霊(?)で事なきを得たみたいです。
母には霊感があると、本人や母方の親類からは聞いていたんですが、こんな荒っぽい除霊方法では確かに親類がこのことを話すとき苦笑いになるはずですね・・・。
私が落ち着くと母は、「ぽやっとしてるからあんなろくでなしに声かけられるんだよ」と一緒にゲンコツを落としました。
正直、あんなに怖い思いをするならもう絶対に憑かれたくないですよ・・・。
霊体験なんて懲り懲りです。