利き足に全体重を掛け、その石に乗せた。
石はあっけなく揺らいだ。
俺:「しまった!」
一瞬宙に在った身体は程なく大地に打ち付けられ、青褪めた時には、もう、周囲の石たちと滑落していた。
そのまま、ごつごつした大きな岩の上にまともに落ち、そこへ、後から自分の頭より大きな石が幾つも落ちて来た。
俺:「うわっ!」
俺の身体は5秒で肉がひしゃげ、骨が砕けた・・・。
・・・どこだか分からないが、道を歩いていた。
周囲はもう、とっぷりと日が暮れており、何も見えない上、足がちゃんと上がっていないから、小さな石に蹴つまづく。
今、俺はいったい、どこを歩いてる?
ドロドロに疲れ切った身体を、ともかくも前へ進める。
上り坂だが、登っているのか、降りているのか?
ふっと木立が途切れて、少し先の峠に灯りを見つけた。
俺:「ものの5分もかかるまい。あそこまで頑張ろう・・・」
古風なランタンを2つ、門柱代わりに下げた小屋、と言うより平屋建てのログハウスと言った方がいいかもしれない。
その木製の階段を3段上り、扉をノックする。
「はい」、と言う軽やかな応えがあり、ドアが開いた。
そこには黒い服を着、まっすぐな髪を肩まで伸ばした、整った顔立ちの青年が驚いたような顔で立っていた。
青年:「予定外の方ですね」
俺:「すみません・・・」
そこまで言うのが、俺にはやっとだった。
目の前が暗くなった。
なんだか辺りが騒々しい。
ガチャガチャと金属類の触れ合う音と、人の声が飛び交う。
消毒液の臭い・・・。
そこに、薬品や金属なんかの臭いが混じる。
何よりも血の、たぶん、俺の血の臭いが濃い。
それに気付いた時から、絶え間ない痛みに襲われている。
「・・・さん、聞こえますか!?返事して!・・・さん」
うるさい!聞こえてるさ、十分。
ただ、返事が出来ないだけだ。
手足は途中まで痛い。
その先はよくわからない。
心臓が拍動する度に、身体が冷え、ぎこちなく固まって行く。
俺:「ああ、もしかして、俺死ぬのかな・・・?」
そう思った時、若い男性の鋭い声が響き、無傷らしい部分にあちこち太い針が打ち込まれる。
流れ込もうとする何かを、身体が無意識に拒否するのか、思わず身じろぐ自分がいる。
麻酔も打たれたかも知れないが、元々俺に麻酔は効かない。
痛みの奔流が全身を駆け巡る。
かろうじて出せるのは、吐息のような呻き声だけ。
荒っぽく身体が動かされ、その激痛のあまり、俺は気を失った。
目を開けると、座り心地の良いシングルソファに、半ば埋もれるようにして座っている自分がいた。
さっきのあれは何だったんだろう・・・。
目の前に、白いティーカップに入った飲み物が、すっと差し出された。
青年:「どうぞ」
涼やかな声で彼が言った。
それは、不思議なハーブティーのような味と香りで、熱くもなく冷たくもない。
けれど、疲労が一時に消えるような気がした。
明日になれば、また歩き出せるだろう。
下山予定は過ぎてしまったが、まだ人を騒がせる程ではない。
青年:「いいえ、それは無理です」
俺の心を見透かしたように、彼はそう言った。
青年:「先程、ご自分の身体に一度戻られて、お分かりになったはずです」
俺:「ご自分の身体って、じゃあ、あれは・・・?でも、俺は今ここに・・・」
青年:「ここは、生と死の間の世界。生身の人は来られない所です」
俺:「・・・・・・・・・!!」
俺は死んだのか?
青年:「いいえ」
彼は小さくかぶりを振った。
青年:「死んではいません。でも、生きてもいません。ただ、あなたはここに来るべき人ではない」
困惑する俺に、彼は静かに言った。
青年:「あなたはご自分の生死が定まらねば、ここを出る事が出来ません。例え、私が小屋の戸を開けてさしあげても、今のままではまたここへ戻ってしまわれるだけです。事が定まるまで、様子を見ましょう」
こうして、俺はこの不思議な小屋の客となった。