巨大に膨れ上がった物

カテゴリー「不思議体験」

長野は茅野(かやの)の友人を訪ねた帰り道。
夜11時近かったろうか。
甲府を抜け、雁坂道を走っていた。
助手席には同行した友達が寝ているのか、無言でシートにうずまっていた。

長い県境のトンネルを抜けて少し経ったころ。
山道の崖側のほうに人間らしき姿がヘッドライトに浮かんだ。
ちょっとびっくりしたものの、そのまま通り過ぎる。

友人:「今の見た?」

友達は起きていたようで、いきなりそう切り出した。

俺:「見たよ。人みたいだったよな」

友人:「あれ、生きている人間じゃない気がする」

いきなり何を言い出すのか、こいつは。

俺:「なんだよ・・・変なこというな」

鼻で笑ってみたものの、正直、夜の山道でそんなこと言われたら気持ちのいいもんじゃない。

少し走ったとき、助手席から「おい、見てみ、あれ」と声がした。
また、崖側に人間らしき影があった。
ヘッドライトがあたると、それは確かにさきほど見た「人間らしきもの」と同じようである。

友人:「おい、スピード落とすな」

慌てて、離しかけた右足をアクセルに置く。

友人:「目を合わせるなよ。見えないふりをしろ」

俺:「あれ・・・マジで・・・か?」

友人:「たぶんな。また来るぞ」

さらに2,3分走ったところで、果たしてそれは現れた。
もう、疑いようがない・・・。

ヘッドライトの明かりで見る限りでも今までのものと、同一人物であった。

俺:「・・・三つ子が夜道のドライバーを脅かそうとしてるのかもな」

言ってはみたものの、自分でもそんなわけが無いと思う。
そしてまた現れた。

俺:「四つ子じゃ、ないよな・・・」

友人:「おまえ、なんかおかしいと思わないか?」

俺:「おかしい?」

友人:「ああ、たぶんまた出てくるからよく見てみな。よく見ちゃまずいと思うが」

また2、3分後、お約束のように現れる。
確かに違和感があった。
同じ人物なのは間違いないのだが。

友人:「奴、こっちが止まるまで出てくるつもりかな」

俺:「じゃあ、止まれば終わるってこと・・・か・・・」

友人:「止まったところでろくなことは起こらんだろうよ。まあ、見えないふりをしていたほうがいいだろう」

俺:「だけど、たしかにおかしい、何か違和感があったよ」

友人:「俺も自信がないけど、次きたらはっきりするだろ」

そして、それが現れたとき、はっきり違和感の正体がわかった。

友人:「でかくなってるよな」

俺:「なってるよな」

今いるそいつは、ざっと見ても身長が2mを軽く超えていた。
確かに人間じゃない。

俺:「ははは・・・狐や狸が化かす時代でもないよな・・・」

乾いた笑いで言う。
それでも友達が隣にいるから、乾いていても笑いが出る。
ひとりだったら、笑いじゃなく小水が出ていたかもしれない。

友人:「とにかく無視しろよな。関わってもいいことはないと思うから」

次に出たときは、さらに大きくなり3メートルかそれに近いような気がした。
そんな調子でおよそ3分おきに現れる・・・。
徐々に大きくなりながら。

正直、恐怖で言葉も発せられなかった。
ただ道にあわせてハンドルを動かすのが精一杯であった。
最初はほとんど人間の大きさであったと思う。
それが、このまま現れ続ければ、いったいどこまで大きくなるのだろうと考えると、とてつもない恐怖であった。

おそらく友達もそうだったのだろう。
10回を過ぎたころから、一言もしゃべらなかったのだから。

14、5回は出たと思う。
最後には10メートル近くになっていたはずだ。
もう気づかないふりにも無理がある。
しかし、ちょっとした里の集落の灯りが見えると、そいつは姿を現さなくなった。

3分が過ぎ、5分が過ぎ、10分と過ぎても姿を見せない。

俺:「もう出ないみたい・・・かな・・・」

友人:「逃げ切れたか・・・」

まだ不安は残るものの、どことなくほっとした空気が包む。
大したことのない、行灯式の看板や自販機の灯りがこのときばかりは頼もしく思えた。

集落を抜けたはずれに、自販機が並べてある駐車可能なスペースがあった。
お互い喉がカラカラだったので缶コーヒーを買った。
そして、車を車道に戻して徐々にスピードを上げる。
ふとサイドウインドーを見ると、闇に浮かんだ山が、巨大に膨れ上がった物の怪のような気がした。

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