遺体は激しく損壊していた

カテゴリー「不思議体験」

十数年ほど前のある夜、飲み友達であるAとBは、車で近隣の里山へ入った。
近年のペットブームで、カブトムシやクワガタの需要が増え、とある店で高く買い取って貰えると聞き、小遣い稼ぎに虫取りに行ったのだった。

昼の間に下見をしておき、虫が寄ってきそうな木に罠を仕掛けて、夜を待つ。
簡単なものだった。
慣れぬ山だったが、一晩で数十匹の甲虫が取れた。
これでちょっとした飲み代になるだろうと、心が弾んだ。

しかし、その目論見は無残にも打ち砕かれた。
Aはもっと獲物を得ようと、爪先立ちで高い枝に手を伸ばしたが、次の瞬間、にじみ出る草の汁で足を滑らせ、咄嗟に掴んだBを巻き添えにし、二人して崖下へと転がり落ちたのだ。

幸いにもBは無傷だった・・・。
Aも足を捻った程度で済んだが、自ら歩く事は出来なかった。
助けを呼ぼうにも、ここから上には戻れそうになく、他の道を探す事にした。

BはAを背にし、崖下の小道を歩きだした。
昼間に下見をしていたとは言え、その道はどこへ通じているのか、さっぱり分からぬものだった。
不安がよぎる中、車を止めた上の道がどんどん遠ざかっていくような気がした。

付近には民家どころか街灯すら無い。
懐中電灯の明かりを頼りに歩き続ける。
Bの背中は汗でグッショリ濡れていた。
背負っているAの体が、直に張り付いてるようで、気持ちが悪くてしょうがなかったが、口には出さなかった。

数十分歩き続けた頃、遠くに「ぽっ」と灯りが見えた。
二人の男は安堵した。

この先に家があるのだろう。
電話を借りて助けを呼ぼうと、そこへ向かった。

どこからか、「ワゥワゥワゥワゥ・・・」と犬の鳴き声が聞こえる。

おそらく、お目当ての民家からであろう。
山の一軒家は物騒だから、番犬を飼っていても不思議ではない。
歓迎されてはいないようだが、家の人が早くこちらに気づいてくれれば幸いだ。

灯りが少し近づいてきた。
二階の窓らしき灯りだった。
中には人影が見えた。

曲がりくねった道だったので、灯りは時折り木々に隠れ見えなくなったが、犬の鳴き声を頼りに、灯りの方へと着実に歩みを進めた。

「ワゥ!ワゥ!ワゥ!ワゥ!」

鳴き声が大きくなってくる。

「もう、すぐそこだろう。」

Bが道を曲がった。

しかし、おかしな事に民家など見当たらない。
そろそろ家が見えてもいいはずなのに。
そう疑問に思いつつ、Aがひょいっと首を曲げた瞬間、宙にタテ長の細い光が見えた。
Bが前へ進むと、細い光は徐々に形を変え、長方形の光になった。

二人はギョッとした。
家は無い・・・が、灯りのついた窓だけが宙に浮かんでいるのだ。

窓には人影が見える。
女だ。
裸のようだったが、そんな事はどうでも良かった。

女はこっちをジッと見据えている。
二人はその場から動けなかった。

しばらく緊迫した間があり、やがて、女は窓をガラリと開けたかと思うと、「ワゥ!!ワゥ!!ワゥ!!ワゥ!!」と犬の声で吠えた。

二人は、女から目を反らす事が出来ぬまま、その場にへたりこんでしまった。
しかし、Bはすぐに起き上がると、絶叫しながら一目散に逃げ出した。
歩けぬAを置き去りにしたまま。
逃げるBの背後からは、犬の鳴き声が延々とこだまし続けた・・・。

山を下りたBは、警察へと駆け込み、事の経緯を話した。
捜索隊が出されたが、その甲斐も虚しく、Aは遺体で発見・・・。

当初、警察はBが殺害に関与したのではないかと疑ったが、その疑いはすぐに晴れた。
その理由は詳しくは伝わっていないが、遺体は激しく損壊していたそうで、死因は大型肉食獣による被害によるものとして処理されたという。

それからのBは、暗がりに浮かぶ光や、犬の鳴き声にひどく怯えるようになり、ついには、満月の晩に「月の中の女が吠えるので」といった書置きを遺し、消息を絶った。

彼は今でも鳴き声を背に、逃げ続けているのだろうか。

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