最後まで嫌なおばちゃん

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

今の仕事になりたての頃の話。
知的なイメージがあるが本質は屁理屈で相手を潰す、そういう仕事。

ある日、駅のベンチに座ってると、隣のおばちゃんが俺に「財布を見なかったか」と言った。
俺は仕事のことで頭がいっぱいだったので、『いや知りません』とか『どうしましたか』とか他に言いようもあったのに、「財布は見てないです」という答え方をした。

『財布は』ってところでへんな疑いを持ったのか、俺が盗んだのではないかと妄想したようで、「ほんとに見てないの」「いや、知らないですよ」みたいな受け答えの後で、「この泥棒」とか俺のことを罵り始めた。

見物人も増えてきてしまい、仕事柄この場で身の潔白を証明しないといけないと思った。
私はまず、見物人の前で鞄を開けて見せ、ポケットの中身もすべて出した。
それから「私が盗んでいないことがわかりましたか」と言ったら、おばちゃんはいろいろごね始めた。
多分、頭がおかしい人だったのだろうかと思うが・・・。

その後も見物人に取り囲まれてやりとりをしていたが、5,6分して駅員が財布を持ってきたのだ。
便所だか水のみ場だかのゴミ箱から見つけてきたらしい。

俺:「よかったね」

俺はそう言いながらおばちゃんのところから離れようとしたし、見物人も散り始めた。

おばちゃん:「まちなさい」

おばちゃんは俺の腕をつかんで引きとめた。

おばちゃん:「中身が空じゃない」

見物人たちもまた戻ってきた・・・。

俺:「いや、中身が空の財布が見つかったのは私のせいではないです」

おばちゃん「あんたが盗んだんだろう」

その台詞で俺はちょっと切れ始めた。
で、こんな感じのやり取りをした。

俺:「つまりあなたは、私が駅のベンチで隣に座っていたというそれだけで、私に財布を盗まれたと思っているのですね。財布が駅のトイレで見つかったにも関わらず、犯人である私が貴方の隣に座って電車を待っていたと言うのですね」

おばちゃんは黙っていた。

俺:「あなたは私を疑った。そしてその疑いが晴れたにもかかわらず、周囲に人が居るから、周囲の人の前で私を罵ったから、発言を取り消せないのですね。だからといって、私のことをいまだに犯人扱いするのはキチガイじみていませんか?あなたは私を犯人だと想像したがそれは間違いだった。それなのに間違いだったことを認めたくないのですね。あなたの頑固さに旦那さんもいつもうんざりしているでしょう。あなたに浮気を疑われて殺されてなければですが」

・・・みたいなことを言った。

そしたらおばちゃんは、「うるさい、知らんわ。あんたが取ってない証拠がない」とまで言い出した。

俺:「そんなことまで言い始めて。人だかりの中で自分の間違いを認めるのがよっぽどいやなのですね。私が隣に座っていて、駅員が財布を持ってきたにも関わらず、私が盗んでない証拠がないとでも言えば、私が盗んだことになるのですか。あなた随分頭が悪いでしょう。お子さん達に頭の悪さが受け継がれていないとよろしいですね」

そしたら「あんたが取ったのをこの目で見たんですよ」とか「この泥棒」とか、ヒステリー状態で叫び始めた。
面白いのでしばらくからかってから電車に乗った。

二日後、そのおばちゃんが自宅で首をくくって死んだ。
亭主は四年前に逃げて、息子は工業高校に通うヤクザの準構成員だった。
勤務庁で写真を見せられて、久々に気持ち悪くなった。
最後まで嫌なおばちゃんだった。

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