『すみませんでした。』

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

入社二年目の事だ。
製造関係の会社の工場で、生産管理の仕事をしていた。
当時の社長の方針で、新入社員は全員工場で数ヶ月研修してから、研究所なりパイロットプラントなり、営業なりに行く事になっていた。

また、人事が昨年よりテストとして、理系の院卒(研究所志望者)を営業に使う試みを始めていた。
俺の課に4名が研修で配属され、その内一人が院卒営業だった。

この新入社員をA、他の新入社員をB、C、Dとする。
Aは非常に優秀で、人当たりもよく、スポーツ万能、頭の回転も速く、その上美男子という凄いやつで、他のBCDも一流大学の院卒だったが、一線を画していた。
たまたま一年先輩の俺が、AとBの指導に当たったせいか、Aは結構俺と気が合って、色々な話をするようになった。

半年の研修期間が済み、Aは関西の営業所に、BCDは中央研究所に転勤となった。
ところが、Aが配属された先は、扱っている商品が社内でも最も泥臭く、代理店も論理が全然通じない所だった。
どれだけゴマをすれるか・・・それだけの職場だったらしい。
Aは関東の人間だったので、標準語を話すのが災いして、成績は良いほうではなかったらしい。

また、営業所の所長も、元エリア採用の叩き上げで、他を蹴落として上がってきた人間なので、何も契約とれずに戻ったりすると、その場で土下座させたりするやつだった。
ブラック企業なら普通にある光景なんだろうが、一応業界トップの大企業での事。
育ちも良いAには想像も付かなかった毎日だったろう。

それから、俺に愚痴の電話が時々掛かってくるようになった。
研修中最も忍耐力が有って最も社交的だったAが耐えられないような日々の仕打ちを聞くと、
可哀想で仕方ない。
だが、入社二年目の俺には何もしてやる事が出来なくって、ひたすら聞いてやるぐらいしか出来なかった。

俺の同期にも、一人だけ理系院卒で営業に回されている友人Eがいた。
彼も俺と同じ場所で研修していたので、仲が良かった。
Eも時折Aから相談を受けていたらしく、お互い聞いてやるしか出来ない無力さを感じていた。

数ヶ月も経ち、徐々にAの愚痴が危険水域に達してくるのが分かった。
感情の起伏が大きくなり、話しながら号泣したり、異常にハイテンションだったりで、逆に俺が不安を感じるぐらいだった。

そして、忘れもしない11月のある日、延々と愚痴を続けるAにこういってしまった。

俺:「このままだと、お前は潰れてしまうよ。性格も人柄も頭も良いお前がそこまで追い込まれる職場って尋常じゃない。人生は長いんだし、転職の踏まえたらどうだ?このままだとお前が首を吊りそうで怖い。最悪の選択の前に、両親と相談したらどうだ?なんなら、俺も休暇取って一緒にいってやるよ。Eも事情しっているし、誘ってもいいぞ」

それに対して、急にAが黙ってしまった。
一分か二分か・・・もしかしたら、ほんの数十秒だったのかもしれない空白の時間の後、吐き出すようにAがいった。

A:「すみません、俺、会社辞める訳にいかないのです。辞めたいけど、だめなんです。ごめんなさい。ごめんなさい。・・・」

それから数日後の夜、Eから電話が有った。

E:「なあ、A、やばいよな。数日前に電話が有ったんだが、もういっぱいいっぱいで。・・・お、キャッチホンだ、後で連絡するよ」

数分後、Eから再度連絡があり、Aから電話だと聞いた。

E:「今週末、お前と一緒に会いにいってやるって云ったら、ひたすら、すみません、すみませんって、まるでお経みたいに繰り返して・・・金曜日夜の大垣行き使って、会いにいってやろうぜ。東京駅からの切符は任せてくれ」

Eが鉄ちゃんなのは良く知っているので、準備は任せることにした。

翌日、社内総合職用掲示板にAの訃報が載った。
業務中、交通事故死となっていた。
遺族の意向で、同期の極一部以外は、通夜葬儀ともご遠慮下さいとの事だった。

EはAの実家から電車で数十分の距離にあるので、その掲示を無視して葬儀に行った。
そこで知ったのが、実は交通事故じゃなくって、Aの実家の庭の木で首を吊ったって事。
そして、EがAと最後の会話していたはずの時間には、既にこの世を去っていた事。
Aの実家は関東なんだが、最後の電話は関西から掛かってきた事。
Aの家は非常にお金持ちで、色々なところに顔が利く一家で、うちの会社にも鳴り物入りで入ったので、どうしても辞められなかった事なんかも分かったそうだ。

そして、葬式の翌週の月曜。
俺の社内メアドにAからのメールが入った。

『すみませんでした。』

一行だけの文章だった。

社内のネットワーク管理者に問い合わせたが、社内ID抹消作業のほんの直前に送られたそうで、送付者は不明だ。

Aを虐めていた営業所長は、孫会社に課長待遇で左遷された。(実質三階級降格扱い)
未だに、「このままだとお前、首を吊ってしまう」なんて事を云ってしまったのか、後悔している。
EもAを救えなかった事に非常に後悔していた。

メールは誰かにID教えて依頼しておけば出来るが、Eが聞いたという最後の電話はなんだったんだろうか。
霊感の無い俺には、掛かってきても分からなかったのだろうか。
未だに不思議だ。

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