会社の後輩のT君が帰宅途中、子猫を拾った。
翌日、会社から戻ると子猫が部屋からいなくなったのだという。
窓もドアも鍵が掛かっていた。子猫が潜り込めるような穴など、部屋にはない。
まさに密室で子猫が忽然と姿を消したのだという。
T君が一緒に探してくれないかと頼ってきたので、会社帰りにT君の自宅へ向かうことになった。
T君の自宅は木造六畳のボロアパートだったのだ。
部屋に入り一通り探したが、子猫が逃げ出せるような穴は発見できなかッた。
僕:「T君、このアパートはペットの飼育は当然禁止だよね?」
僕が尋ねると、禁止ですとT君が答えた。
僕:「子猫の存在に気づいた大家さんが、君が留守の間に合鍵を使って部屋に侵入、子猫を持ち去ったんじゃないのか?」
それはあり得ないとT君が反論した。
T君:「大家さん自身、猫を一匹飼っていて、猫好きです。大家さんは不法侵入するような短気な人ではなく、温厚な老人です」
だったら子猫は何処へ消えたのだろう?
お手上げ状態でふと上を見ると、天井近くの棚に木刀が飾ってあるのが見えた。
普通の木刀ではない。
先端にいくほど太くなっている、宮本武蔵が佐々木小次郎との決闘で使用したとされる櫂木刀だ。
それは蛍光灯の光を反射して、黒光りしていた。
僕:「T君、君は剣道でも習ってるの?」
T君:「いいえ、なんでそんなことを聞くんですか?」
僕:「だってそこの棚に黒い木刀が飾ってあるから」
僕が棚を指差すと「やだな先輩、あれは木刀なんかじゃないですよ」と。
そういうとT君が木刀を棚から下ろし、首の後ろに当てた。
いきなり黒い木刀がΩの形にグニャリと曲がった。
僕がビックリして見ていると、T君が笑いながら言った。
T君:「半年前に買った時は30cmほどだったのに、凄い成長力ですよ・・・・・アナコンダはッ!w」
今まで後輩だとばかり思っていたT君が、人の形をした得体の知れない闇のように思えた。
赤い舌をチョロチョロ出す木刀を尻目に、急用を思い出したと嘘をついて、僕はT君の部屋を後にした。
ほどなくしてT君は会社を辞めてしまった。
彼が今どうしているかは知らない。