その男は喰っていた

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

戦時中に、負傷した男が病院に運ばれたらしい。

といっても軽傷で、ほとんど日常生活に支障はない程だったみたいだけど、大事をとって一時入院することになった。

そこで二人部屋に入ることになった。

その部屋には前からずっと入院している男がいて、そいつは事情は知らないが両手両足がなかった。

ベッドに寝たきりの状態で口数も少ない男らしく、しかし数日間一緒の部屋だったから少しずつ打ち解けていった。

それから数日たって、深夜にぼんやりと目が覚めて隣を見ると、動きそうにもなかった男の姿が見えなかった。

まさかそんな馬鹿なことはないだろう・・・と思って、その夜は再度寝た。

朝起きるともちろん手足のない男はベッドで寝ているので、夢だったのか?と、すぐ理解した。

だがこの深夜の不思議な出来事は何度か起こり、男はやっぱりおかしいのではないか?と興味を持ち始めた。

その真相を暴くために、男は眠ったふりをして薄目を開け、手足のない男がどうなっているのか確かめようとした。

消灯され、病院中が静かになって男は薄目を開けて寝たふりをした。

その状態が数分過ぎると、手足のない男は動けないので首だけこちら側を向き、月明かりの中で男が本当に寝ているかどうかをじっと見ていた。

手足のない男は変な行動に出た。
自分の体を左右にゆすり始めたのだ。

ちょうど揺りカゴのように左右に体をふって、勢いがついたところでそのまま回転してベッドから落ちた。

ベッドはある程度高さがあるので、重い音が少しだけ響いた。

男はやはり薄目を開けたまま、その手足のない男の動向を見ていたが、手足のない男は器用に顎や途中までしかない腕や脚を使って、そのまま這いずるように動いた。

器用に引き戸を開けて、廊下へと消えていったのを見てから、男はベッドから起き上がってそのあとをこっそりつけた。

暗い廊下をどんどん進んでいく手足のない男を追いかけながら、どうやら地下へ行こうとしていることが分かった。

階段も苦ともしないように降りた手足のない男は、地下の廊下を歩いて、ある部屋の扉を開けて入っていった。

男が後から追って確かめると、その部屋は遺体安置室だった。

男はこっそり扉のすき間から中を覗いた。

すると遺体の前で何か動いている影があることに気づいた。
もちろんそれは手足のない男なのだが、何をしているのかがよく見えない。

もっとよく見ようと扉に手をかけると、思ったほか大きな音がしてしまって男は「しまった」と思った。

それからおとなしくしていたが、部屋の中からの音も聞こえなくなってしまった。
もう一度こっそり見てみると、手足のない男は遺体の前で動いていなかった。

様子を見ていると、一向に動く気配がなく、これは何かおかしい・・・と思った男は、勇気を出して思い切って近づいてみた。

近づいて男が確かめると、手足のない男はすでに舌を噛み切って死んでいた。

もう手遅れだと分かり、改めて周りを見ると、男の前にある遺体の肉がかじられていることに気づいた。

なんと手足のない男は遺体の肉をかじっていたのだ・・・。

男はすぐに病院の人間を呼んで、手足のない男を手厚く葬った。

その後今は1人になってしまった二人部屋で、男はベッドに腰をかけて脚をぶらつかせながら考えていた。

死んだ人の肉を食うという、恥ずべき行為を見られてしまったという羞恥からこの男は死んでしまったのではないか?

いや、恐らくそうに違いない。

わざわざこのことを突き詰めずに、何の興味も持たなければ、この男は死ぬことはなかったのに。
男は後悔して、手足のなかった男に冥福を祈った。

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