母親が実際に体験した話。
まだ母が5歳か6歳頃の子供の頃の話。
母が住んでいたのは広島県の山の中の村。
典型的な農家で、兄姉も上が3人、下が4人と7人兄姉。
学校は夏休みに入っていたが、両親や上の兄姉3人はいつものごとく朝から田んぼ仕事。
母は下の4人の弟妹の面倒を見るのが日課だったそうだ。
ある日、いつものように夕方になると両親や兄姉が家に帰ってきて、普通に夕食を囲んでいたそうな。
そんな一家団欒(いっかだんらん)の最中に、父親と親交のある役場の人が血相を変えて玄関から飛び込んできた。
父親が何事かと話をしようとすると、「ここじゃ話せない」ってことで、庭に出て行って何事か話をしていた。
しばらくすると、今度は父親が血相を変えて家に入ってきた。
母親と兄姉3人は今すぐに村の公民館へすぐに行けと言う。
で、今夜は恐らく帰ってこれないから、母は弟妹を寝かせるよう言いつけられたらしい。
何事か全く聞かされないまま、不審に思いつつともかく弟妹を寝かしつけ、自分も床についた。
目が覚めたのは恐らく深夜の2時とか3時くらい。
尿意を覚え、仕方なく厠に行くことにした。
厠(かわや)は一度玄関を出て、庭を通ってグルッと母屋を回り込んで裏手にあるので、いつも夜一人で厠に行くのはそれは怖かったそうだ。
だが尿意には勝てず・・・結局玄関から庭へ出た。
灯りは玄関についてる裸電球一つとあとは月明かりだけ。
薄暗い庭の中に出ると、庭の真ん中で何か黒い塊が動いたのが見えた。
と、同時に何とも言えない吐き気を催すような臭いが周囲に立ちこめている。
玄関を出てすぐのところで、母は恐怖で身動きが取れなくなったらしい。
月明かりの中で、その黒い塊は時々ピクッピクッと震えるように動いていた。
目が慣れてくると、その黒い塊はどうやら・・・人の形をしてることに気付いた。
こちらに向かってくる様子もなく、そこで母は恐る恐るその塊に近づいてみた。
1mくらいまで近づくと・・・・その塊は紛れもなく大人の女の人らしいことが分かった。
ただ・・・その異形に目をむいた。
ボロボロの服を着て、露出されている肌は真っ黒に変色し、足からは何かをひきずるような様相をしていたらしい。
そこまで近づくと、その女の人は何かうなされているような小声で喋っていた。
「み・・・みず・・・みずを・・・」と何度も言ってる。
このときは既に「すぐに水をあげなきゃ!」と家の中に取って返し、水をコップに汲んで庭に戻ってくると、その時には既にその女の人は既に死んでしまっているようだった。
それを見た母はまた怖くなって、厠のことも忘れて布団の中で一晩中震えていたそうだ。
夜が明けてきた頃に母親と兄姉が帰ってきたのが、足音で分かったそうだ。
あの塊を見つけたらどうするんだろう・・・と思っていると、庭で母親が一番上の兄に何か叫んで、その兄がまたどこかへ走って行ったのが気配で分かった。
母親が家の中に入ったのを確認して、飛び起きて外で人が死んでる、と。
一体何が起きたのか、と聞いてみると、母親は言葉少なげに語り出した。
広島市の中心で新型の爆弾が落ちた。
何万人という人が死に、生き残った人も酷い火傷を負ったまま市外へ逃げてきている。
外に倒れている人も恐らくそうしてなんとかここまで逃げ延びて来たのだろう。
今、村の公民館にはそうして逃げてきた人が数百人とおり、みな酷い火傷や力尽きた人、とそれはもう見るに堪えないくらいの修羅場だ。
そう聞かされた。
翌日、人手が足らないということで公民館に駆り出された母も・・・一歩足を踏み入れるとそれはもうまさしく地獄絵図だったという。
以来、母は毎年8月6日の8時15分には黙祷を欠かさない。
そんな俺も母に言われてずっと同じようにその時刻には黙祷をするようにしている。
今となってはもう遠い昔のことのようだが・・・実際に母にこの話しを聞くと決して遠くない昔に、想像もつかないことがあったと実感させられる。