取り壊したアパートの話

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

これは16年ぐらい前の実体験。

私の実家は、どこにでもある町の不動産屋。
当時の持ってる物件で1番安いのは日当たり最悪、トイレ台所共同、3畳一間の2階建て木造アパートで賃料が1ヶ月1万円。

多くは独居老人、日雇い、893、悪癖持ち(重度の酒乱とか)、変人。
特に2階に住むAは、日雇い+嘘つき+借金癖+酒乱(暴力)というひどさ。
加えてペットの犬、猫、ウサギを狭い檻に閉じ込め、散歩もさせないので、悪臭と鳴き声は凄まじかった。

Aの真下に住む足腰の弱ったお婆ちゃんの家へ、母が集金に行った時、お婆ちゃんが箸とザルを持って何かを拾っていた。

「お婆ちゃん、豆でも落としちゃったの?」と声をかけると、「違うよ」と言ってザルの中を母に見せた。

ザルには何十匹もの蛆虫(うじむし)が蠢(うごめ)いていたらしい。

「Aは動物の糞尿も掃除しないみたい。迷惑よねぇ。」とはお婆ちゃんの言葉。
・・・老後の蓄えって重要だな。

こんなエピソードは日常茶飯事なので、こちらとしてはAに即日退去してもらいたいのはやまやまだったが、のらりくらりとした口八丁手八丁には敵わない。
裁判を起こして勝訴しても損額が大きすぎる。
仕方がないので、公衆衛生上の問題からペットだけは保健所にお願いし、他の問題に関しては、その度に対処していた。

そして2月のとある日の夜。
そのアパートの別の住人Bから「Aの部屋の様子がおかしい」という連絡が来た。

人間だから1日数度は必ずトイレを使うはずだが、この数日部屋の出入りは皆無。
なのに、部屋の電気は点けっぱなし、テレビらしき音も聞こえてくる。
もし暖房器具などがつけっぱなしになっていたら火事になりかねない。
すぐにでも何とかしてくれ、という苦情だった。

タイミングが悪く、父が不在で夜遅くにならないと帰らないため、仕方なく私と母で状況確認に出向いた。
声を掛けても、引き戸を叩いても応答なし。
でも、引き戸の隙間からは確かにテレビの声も聞こえてくるし、光もチラチラ動いている。

合鍵を使って引き戸を開けようとしたが、何故か開かない。
どうも引き戸につっかえ棒をしているようだった。
建物自体はすでに築30年程度は経過していたので、女の私でも簡単に蹴破ることができた。

うつ伏せで人が死んでいた・・・。
一目で殺されているのが分かった。
後頭部がかち割られていたからだ。

血を吸って乾ききった万年床や畳はどす黒く、冬だから臭いはなくても、そこに漂う空気は異常そのものだった。

母とBは即行で近くの交番に走っていった。
いくら私が男らしくても、発見が遅れて真っ黒にミイラ化した遺体を見た経験があるといっても、当時の私は女子高校生。
同じ部屋にいるもの気持ち悪いので、部屋の前で待っていた。

程なく、警官を連れて戻ってきた。
警官は応援を呼び、部屋の前で母とBからとりあえずの状況を聞いている。
私はその後に聞かれるのかなと思い、今度は階段に腰掛けて、壁にもたれながら様子を見ていた。

その時、玄関の開く音がした。
誰かが帰ってきたらしい人影が見える。
靴を下駄箱に入れているようだが、母もBも警官も興奮気味で、そんな音には全く気付かない。

1階の廊下は電気を消しているし、階段には裸電球ひとつだけ。
壁は黒光りしているし、私は視力0.4程度の乱視の近視の裸眼。
このアパートの住人は皆古い人ばかりで私もよく知っているが、こんな状況では、遠目だと誰かも分からない。

その人は2階に上がってくる。
「あれ、どの部屋の人だろう?」と思いつつも、邪魔しないように脇へ退いた。

「おう、あんた、不動産屋の姉ちゃんじゃねえか。こんな時間にそんなとこで何やってんだよぉ。へへへ・・・」

どうも一杯飲んで帰ってきたらしく、呂律の怪しい口調。
段々と裸電球に晒されていく。
薄汚れた服と帽子の人影は見知った人だ。
その前に、声で分かったんだよ。

Aだって。

その頃には私以外の3人も、帰ってきた人の存在に気が付いたが、階段を上りきるまでは、誰だか分からないようだった。
しかし、近づいてくればすぐに分かる。
私は無言のまま腰を抜かし、母は全く動けず、Bは「何やってんの、あんた」とつぶやいた。
警官は状況が分からず、キョロキョロしている。

「あ、俺の部屋、勝手に開けやがって。っ。しょうがねえなぁ。」と言いながら、フラフラと部屋に入るA。
警官はAの腕をつかもうとしたが、無理な体勢のためか、引き戸に阻まれてしまった。

私がへたり込んだ位置からは、室内がよく見えた。
Aは遺体を見下ろすように立つと、「へへへ、お前、とうとう死にやがったな。へへへ・・・」と、笑いながら足でつついていた。

ココからは種明かし。

Aの部屋で殺されていたのは、Aの弟C。
Aが仕事先の飯場で寝泊りしている間、住所不定無職のCは、合鍵を使って泊り込んでいた。
そこにCの息子Dが来て酒盛りを始めた。
CもDも酒乱のため、必然的にけんかになる。
Aの部屋には護身用に木刀が置いてあり、CはDに後頭部を殴打された。
Dから木刀を取り上げて追い出し、部屋に鍵をかけて木刀をつっかえ棒代わりにしたところで、Cは絶命したらしい。

CやDの事は住人もよく知っていて、けんかも時々起こっていたので、その時は気にもかけなかったらしい。
また、AとCは背格好も似ているし、うつ伏せ、大量の血、表情もゆがんでいたので、3人とも間違えてしまったんだよね。

Dはまもなく逮捕され、Aは畳と布団だけ新しくして、引き続きその部屋に住んでいた。

この話には後日談がある。

Dは10年程度の刑期を終えて出所。
行き場がないので、Aを追い出してその部屋に居座った。
Aは役所の人間を上手いこと言いくるめて生活保護を取り付けたが、Dがその後を追い回し、その度に暴れたため、
Aは結局ホームレスになり、行方不明に。

Dはアパートの住人を全員追い出して、我が物顔でしばらく住んでいた。
その頃、私も自営業を手伝っていたので、父親と半年間にわたる粘り強い交渉の末、丁重に追い出した。
以後、行方不明に。

こんな経験すると、幽霊よりも人間の方が怖くなる。
今は、そのアパートも取り壊してしまった。
本当にあった話。

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