事件に関する重要な記録

カテゴリー「日常に潜む恐怖」

事件に関する重要な記録をここに公開する。
ICレコーダーによる記録である。

吹き込まれた声は基本的に可美村(かみむら)緋那(ひな)のものだけである。
彼女は警視庁の刑事であると共に、IZUMO社航空機墜落事故の唯一の生存者である
可美村貴代(たかよ)ちゃん(事故当時十三歳)の叔母でもある。

貴代ちゃんは事故の怪我によって、長らく植物人間状態と見なされていたが、先日、意識をはっきりと回復していることが確認された。
会話が出来るほどには回復していないため、奥歯に電極を取り付け、歯を噛み合わせると電子音が鳴る仕組みでコミュニケーションを可能にした。

イエスの場合は二回、ノーの場合は一回、歯を噛み合わせてもらった。

貴代ちゃんの精神安定のため、部屋には緋那さんと貴代ちゃんの二人だけである。
カメラなども設置していない。

以下が記録である。

「こんにちは」

無音。

「私のことを覚えていますか」

二回。(イエス)

「ええ、緋那おばさんですよ。少しお話をしてもいい?」

二回。(イエス)

「今日はお日様が出ていますね。気持ちいいですか?」

二回。(イエス)

「お外に出ます?」

一回。

「ここでいい?」

二回。(イエス)

「そう。それじゃあ、ここで」

無音。

「あのね、おばさん、事故の時の話をしたいんだけど、いい?」

無音。

「駄目?」

やや後、二回。(イエス)

「駄目なの?」

一回。

「いいの?」

二回。(イエス)

「それじゃ、聞きますね。貴代ちゃんは旅行の帰りだったんですね」

二回。(イエス)

「空港を出た時は何も異常はありませんでしたか」

二回。(イエス)

「他の乗客の人たちは普通でしたか?」

二回。(イエス)

「飛んでいる最中に何かが起こったのですね」

四回、間断なく。

「それはYESということ?」

三回。

「つらい?この話、やめましょうか?」

しばし後、一回。

「続けられる?」

二回。(イエス)

「じゃあ、もう少し頑張ってくださいね」

二回。(イエス)

「事故の前、飛行機は揺れましたか?」

二回。(イエス)

「恐かった?」

やや後、一回。

「その時には、もう落ちると思いましたか?」

一回。

「大したことはないと思ったんですね」

二回。(イエス)

「揺れはだんだん酷くなりましたか?」

やや後、一回。

「しばらく小さな揺れが続いたんですか?」

一回。

「それは、つまり・・・・・・揺れが一度止まった?」

二回。(イエス)

「その後、また揺れましたか?」

二回。(イエス)

「その後、落ちたのですか?」

二回。(イエス)

「辛い事ばかり聞いてごめんね。恐かったでしょう?」

二回。(イエス)

「今日はこれぐらいにしておく?疲れたでしょう?」

一回。

「まだ話せる?」

二回。(イエス)

「それじゃあ、もう少し聞いていい?」

二回。(イエス)

「揺れている以外に、何か異常はありましたか?」

しばし後、二回。(イエス)

「それじゃあ」

可美村緋那さんの言葉の途中で、三回。

「どうしたの?」

三回。

「顎が疲れちゃった?」

五回。

「何が見えたんですか?」

無音。

「ああ、ごめんね。そこから見えたのは、ええと、他の飛行機か何かですか?」

一回。

「少し質問を変えますね。貴代ちゃんの席は窓際でしたか?」

二回。(イエス)

「窓からは飛行機の羽も良く見えたんですか?」

二回。(イエス)

「羽に何か異常があったんですか?」

やや後、二回。(イエス)

「羽が壊れてた?」

やや後、二回。(イエス)

「だから飛行機は落ちたのかしら?」

しばし待つも、無音。

「羽が壊れて落ちたわけじゃないの?」

一回。

「羽が壊れて落ちたのね」

二回。(イエス)

「なんで壊れたのか、わかりますか?」

二回。(イエス)

「何かがぶつかったの?」

一回。

「勝手に壊れた?」

一回。

「誰かが壊した?」

二回。(イエス)

「誰かが、そこにいたの?」

二回。(イエス)

「それで」

言葉の最中、小刻みに何度も。
しばし質問の声もなく、音だけが続く。

「いい?」

一回、一回、一回と、間を挟んで。
収まるまで待つ。

「その誰かは、羽だけにいたのですか?」

一回。

「一人じゃなかったんですか」

二回。(イエス)

「たくさん?」

二回。(イエス)

「いろんな所を壊していた?」

二回。(イエス)

「窓は」

二回。(イエス)

「それは窓を壊して入ってきたということ?」

二回。(イエス)

「その何かは、乗客に酷いことをしたのですか?」

二回。(イエス)

「貴代ちゃんの傷も、その何かのせい?」

何度も。

「傷口から唾液が」

何度も。

「牙が生えてた?」

何度も。

「ぬめぬめしてた?」

何度も。

「目が真っ黒で、葡萄みたいに小さくて、びっしりと」

何度も。

「子供みたいに小さい」

何度も。

「手が、ううん、足?たくさん生えてて、這い回るみたいに」

何度も。

「変な声で、何かを擦ったみたいな声で」

何度も。

「すごく小さな穴や隙間から、ずりずりって出てきて」

何度も。

「身体に張り付いてきて」

何度も。

「登ってきて」

何度も。

「噛みついて」

電子音は以降、一切鳴らなくなる。

「食べられ」

「痛い」

「助けて」

以上が記録された二人のやり取りである。

後半、何かをこするような音や、ピタピタと吸盤の張り付くような音、引きずるような音などが入り乱れたが、詳細は不明である。

可美村緋那の声が後半で震えていたことと何らかの関係があるのかも不明。
この記録は桜美赤十字病院女性二名惨殺事件の重要参考物件として県警に保管されている。
この事件の真相は未だ謎に包まれたままである。

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