これは僕がサークルで知り合った仲間が体験した話だ。
彼女の事は仮にMと称する。
彼女の故郷はひなびた町で、何処の田舎にも有る華の無い死にかけた町並みと言う表現が似合うような場所だといっていた。
そんな町での生活を嫌がった彼は、こうしてそこを離れ、生活をしているわけだが、今まで生きてきて一度だけ幽霊を見たという。
Mの町には沢山の小さな鉄工所のような会社が存在していた。
数あるそんな会社の中である日、その中の一つが倒産に追い込まれた。
原因は膨れ上がった借金が遂に払いきれず、志半ばの倒産と言われていた。
その会社の工場とは主に溶接を行うような所で、作業自体が熱い温度を伴う為になるべく風通しの良い設計で作られていたそうだ。
そんな工場で倒産間もないある日、社長が首を吊った。
社長は一人身である上、ずっと一人暮らし。
親族とも縁遠かったとか。
それと、季節が丁度寒くなりだした頃だったのが災いしてか、発見が遅れてしまっていた。
発見したのは社長の身をあんじた親族ではなく、臭いに気づいた町の住民だった。
発見されたときはもう無残な姿で体中が獣に食い散らかされていたそうだ。
工場は町の外れにある上に裏口は開いたままだった。
狭い町で噂が広がるのは早い。
Mもそんな話を近所のおばさんから聞かされた。
それから幾日か過ぎた頃。
町で何故か多くの犬の屍骸を見るようになったのだそうだ。
それらは別に車に轢かれたわけでもなく、餓死のようにやせ細って死んでいるわけでもなく、本当に原因が解らなかった。
ただ、皆犬の目は赤く染まっていた。
それが収まらない頃、Mは自宅の犬を連れて少し遠出の散歩に出かけ、問題の工場の前を通った。
すると何故かMの鼻を甘い香りがくすぐった。
そうしてMが匂いのする方を見るとやはり、工場の方角からしたそうだ。
暗くなった工場の窓の奥に紐にぶら下がったなにかがゆらりと揺れた気がした。
怖くなったMは犬を見ると異常な怖がり方で後ずさりしている。
お前も怖いの?
そう思ったMは逃げるようにして家へと帰った。
その日の夜、深夜に何故か目を覚ましたMは鼻をくすぐる甘い匂いに気がついた。
昼間嗅いだあの匂いだ!
そう思ったMはベッドの横にある窓を見上げてしまった。
カーテンは何故か開いていて、外にある庭の柿の木に男がぶら下がっていた。
異常に伸びた首と禿頭の壮年の男。
瞳のあるはずの場所は黒く陥没し、口や鼻からなにやら液体が流れ出ていた。
意識が飛び、気づいたら朝だった。
庭に出ると家の犬が犬小屋の奥で死んでいた。
犬の目は赤く染まっていた。
Mはその家族同然の犬が自分の責任で死んでしまった気がして目を泣き腫らした。
そうしてふと、「ああ、あの社長・・・犬を恨んでるんだ」と、Mはそう思ったといっていた。
後から知ったのだが、知人に腐りかけの肉は甘い匂いがするのだと聞いたそうだ。
その後は庭の柿の木に男がぶら下がる事も、Mが犬を飼おうとすることも無かった。
それから二月ほど経ってMは故郷の地から出た。
今でもそれが続いているのかは知らない。
Mは二度と工場の前は通らなかった。
実家にもここ二~三年帰っていない。