同僚の話。
彼は地元の消防団に参加しているのだが、以前に団員仲間で狐に憑かれた者がいたのだという。
いや、実際に狐かどうかはわからないのだが、団の中の物知りが「あれは狐だ」と断言してから、狐ということになったのだとか。
普段は別に変わるところはなかったが、一たび中の狐が目を覚ますと、甲高い奇声を発して暴れ回ったそうだ。
信じられない怪力を振るい、獣じみた動きをするだけでも大変だったのに、加えて不思議な神通力まで発揮した。
手を触れることなく、身の回りの物を空に飛ばすのだ。
かなり重量がある物まで飛ばしており、取り押さえるのが一苦労だったという。
特に夜回りの時、中身の入った鍋ごと吹っ飛ばされたのは大事だったとか。
彼が夜警から帰ってくると、皆で哀しそうな顔をして始末をしていたのだと。
猪肉が一枚だけ天井に張り付いていた光景が、どうにも忘れられないそうだ。
なぜか狐憑きが出るのは、団の活動中だけだった。
腹立たしいことに当の本人は、暴れている間の記憶がまったくなかったらしい。
そんなこんなで手をこまねいているうち、大きな山火事が発生してしまった。
猫の手でも借りたい時だということで、仕方なく憑かれた彼も動員された。
団の者は「中の狐さん、頼むから暴れんでくれよ」と祈ったという。
団の受け持ち場所は、変電所の近くだった。
「筒先に注意しろ。電気が近いぞ!」注意と檄を飛ばし、消火活動に移る。
皆が忙しく動き回る最中、ホースの先端辺りで騒ぎが起こった。
どうやら高電圧のキュービクルに水を掛けた粗忽者がいたらしく、当たり前のように感電してしまった様子。
「注意しただろうが」慌てて駆けよったが、何やら様子がおかしい。
そこの皆がぐるり輪を作ったまま、凍りついたようにピクリとも動かない。
何かキラキラ光る煙が立ち上っていた。
それが激しく捩れる様は、まるで苦しんでいる生き物を連想させた。
煙は人の輪の真中、倒れた隊員の身体から抜け出していたという。
すぐに煙は掻き消えた。
我に返って倒れた団員を確認すると、例の狐憑きだった。
何となく「あぁやっぱり」と思ってしまったそうだ。
倒れた団員は、すぐに病院に運ばれた。
検査では何の異常も見つからず、やがて目を覚ました彼はピンピンしていた。
「感電したのはあいつじゃなくて、中の狐だったんだな」
皆が皆、そう考えたのだという。
電気ショックの効果なのか、それ以降は狐憑きは出ていない。
「今度狐に憑かれた奴が出たら、即座にビリビリだ」
団長がそう宣言してから、団員は『狐が来ませんように』と祈っているそうだ。