人を呪うのに最適な場所

カテゴリー「怨念・呪い」

『丑の刻参りで有名な神社』がある。

元々は三地域の鎮守神を祀っていた神社で、そこに何時頃か諏訪大明神が合祀され今の形となった。
江戸時代には藩主の直営だったようで、境内は広く社も中々立派な作りをしている。

境内には注連縄を巻いた御神木が三柱あるのだが、その内の一番奥に立つ一柱によく人形と釘が打ち込まれていたらしい。

昔から人を呪うならここ、という場所だったそうだ。
過去に起こった三地域の諍いが原因だとか、神社の近くの河原が合戦場であっただとか、牛に似た石があるからだとか、まことしやかに語られはするが決定的な理由というものは無いようだ。

さすがに近年は丑の刻参りも廃れてきているが、それでも御神木には未だに釘の打ち込み痕が増え続けている。

というわけで、見に行くことにした。

もう少しで日付が変わる午前零時前。
愛車のカブに跨り、大学近くのぼろアパートを出発した。

目的の神社は隣町にあり、到着までは三、四十分といったところか。
空は薄曇りのようで、月も星も見えない。

しばらく暗がりの国道を南西へ、市と町の境のトンネルを抜けたところで山手に向かう狭い道に入った。
明かりの消えた民家の脇を縫い、田んぼと農業用水路沿いの道をもうしばらく走る。

神社から二百メートルほど手前に車がすれ違うスペースがあるので、そこにカブを停めた。

持って来たライトを点け神社まで歩いて向かう。

夜鳥が鳴く。
虫の声もする。
用水路を流れる水音。
自分の足音。

ライトの光が阿吽の狛犬と鳥居を照らした。
狛犬も鳥居も石造りで苔むしている。
小さな石段を二段上り、鳥居をくぐった。

正面の拝殿に続く石畳を歩く。
境内の両脇にそれぞれ一柱ずつ、注連縄を締めた大きな杉の木が鎮座している。

賽銭箱の前で立ち止まり、十円玉を放り込み頭を下げ手を叩く。
挨拶と祈願を済ましたところで、拝殿の裏、境内の一番奥に向かった。

石畳を外れ土の地面を歩く。

拝殿も本殿も、屋根の梁や戸板には彫刻が施されており、陽のある内に来ればその造形も楽しめるだろう。
今は何もかも黒々としている。

本殿の脇には川の上流にありそうなごろりと大きな石が横たわっており、この石は『牛石』といって、神社が建てられた際に遥か遠方から運ばれてきたのだそうだ。

牛石の横を通り過ぎると、ライトの光が大きな切り株を照らしだした。
元々御神木だった三柱の内の一柱だ。

三柱の内では一番多く釘を打ちこまれた木でもあったのだが、ごく最近倒木の恐れがあるとのことで伐採したのだそうだ。

切り株に近づく。
年輪が刻まれた断面に、不自然に小さな穴がいくつか空いている。
これは虫の掘った穴ではない。

人が釘で穿った穴だ。

御神木と祀られ、古くなったからと切り倒され、切り株だけになった今でも呪いの土台にされている。

携帯を取り出し、時間を確認する。
午前一時少し前。

振り返って本殿の方へと向かう。
屈んで社の下に潜り込み、太い柱の一本にもたれ掛ってライトを消した。

暗闇。
何も見えない。

そのまま神社の床下に腰を据える。
鳥と虫の声。ひやりとした地面の感覚。
何だか蟻地獄になった気分だ。
但し、待っているのは獲物ではない。

どれほど経っただろう。
時間の感覚は早々にぼやけ、それが十分だったのか三十分だったのか、さすがに一時間ではないだろうが・・・。

入り口の方角。
本殿を支える柱の隙間から光が見えた。

ゆらゆらと揺れる光が地面を照らす。
懐中電灯。
暗やみの中で敏感になった感覚がこちらに歩いてくる人の気配を感じ取る。
それ以上、何も見ないように目を閉じた。

足音が徐々に近づいてくる。
直接覗き込まれない限り、こちらの姿も見えないはずだ。

誰かの気配はゆっくりと本殿を回り込み、牛石を通り過ぎ、自分がもたれた柱の向こう側、御神木の切り株の辺りで止まった。

背中越しに、本殿から切り株までは六、七メートルほどの距離。

バッグだろうか、何か小さなものが地面に降ろされる気配がした。
同時にじゃらじゃらと細かい金属がこすれる音。

束の間の静寂。

とん。
叩く音。

とん、と、とん。
何かを確かめるように不規則だった音が、徐々に規則正しいリズムに変わる。

と、と、と、と。
十中八九、釘だろう。
金槌と釘が切り株を穿つ音。

と、と、と、と、と、と、と。

そうして最後に、
どん。

ひときわ大きな音がして、叩く音が止む。
次いで、ぎいぎい、と幾分神経に触る音。
打ち込んだ釘をくぎ抜きで無理やり引き抜くと、こういう音がする。

それからまた、とん。
叩く音。

繰り返されるそれらの音を聞きながら、彼、もしくは彼女はいったい誰を呪っているのだろうかと考える。
もちろんそれは本人に聞かない限り知りようがないが、今聞こえている釘の音は、誰かを呪うというよりは淡々と作業をこなしているようだ。

初めて、彼、もしくは彼女に遭遇したのは、二日前のことだった。

最近御神木が切り倒されたという話を聞いて、何か祟りでも出てやしないかと見に来たのだ。

真夜中、丑の刻。
切り株に空いた釘の穴のようなものを見つけて観察していた際。
人の気配を感じ、まさかと思いライトを消し本殿の下に隠れたのが、そのまさかの始まりだった。

最低でも今日で三度、この人は丑の刻参りを続けている。

顔は見ていない、どころか、釘を打つ姿すら見ていない。

丑の刻参りは目撃されると効力を失う。
それどころか呪いは実行者に跳ね返り、自らの怨念に憑り殺されてしまう。

目撃された場合、死なないためにはその目撃した人物を殺すしかない。
ということもあり、迷った末現場は見ないことにした。

とは言え、こうして神社の下に隠れ音を盗み聞きしているだけでも、何やら腹の奥がしぼられるような緊張感がある。

もし見つかってしまった場合、見ていないと言っても信じてもらえないだろう。
さらに相手はおそらく釘と金槌を持っているのだ。

地面に置いた手に、何かが触れる感覚があった。
指先を這い上がってくる。
暗やみで見えないが、細長く足が多い、小さな何か。
音を立てず払おうと、そっと手を持ち上げる。
手の甲に鋭い痛みが走った。

痛みをこらえつつ、慎重に、しかし素早く手首を振った。
何かがはがれ落ちる感触。
百足だろうか。

背後の動きに変わりは無い。
気付かれてはいないようだ。

暗がりで良かった、見えていたらもっと大きく反応していたかもしれない。
ほっと胸を撫で下ろした時だった。

ショルダーバッグの中で、携帯が鳴った。
闇夜に、けたたましいベルの音が響く。

電源を切っていなかったのは、完全にこちらの落ち度だ。
せめてマナーモードにしておくべきだったが、こんな時間に誰かが連絡してくるとは想定していなかった。

急いで携帯を取り出して着信を切ったが、間に合うはずもない。
釘を打つ音が止んでいた。
もたれ掛った柱が光に照らされる。

喉がつまり、毛穴という毛穴が開く感覚。
心臓の音。
背中がじわりと湿り、頭が幾筋かの逃走ルートを描く。
しかし走って逃げるにしても、神社の下はしゃがんでしか動けない。
さて、どうしたものか。

背後で人が動く気配がした。
何をしているかは分からないが、何か袋に詰めているのか。

人が駆け出す音。
ライトの光が激しく揺れながら神社の入り口へと向かっていく。

光が見えなくなり、辺りが静かになった。
心臓の鼓動が徐々に通常に戻っていく。
しばらく待ってみたが、戻ってくる様子もない。

どうやら向こうの方が先に逃げたようだ。
社の下から這い出て自分のライトを点ける。
ひりつく痛みに右手の甲を照らすと、小さな赤い斑点が一粒浮かんでいた。

自然と長い息が出た。
心霊スポットを探索する際、多少の擦り傷切り傷お持ち帰りは覚悟の上だが、今回は少し軽率だった。

切り株を照らす。
その断面には中途半端に打ち込まれた一本の釘と、左半分が千切れた穴だらけの写真が残されていた。
中学か高校の集合写真の様で、映った人物すべての顔に穴が開いている。

人形ではなく、写真だったのか。
まあ、今時藁人形もない。
丑の刻参りも時代に合わせて進化しているということだろう。

結局、呪いの完遂に立ち会うことはできなかった。
一般的な丑の刻参りでは、七日間釘を打ち込み続けた者の前には牛が現れ、呪いの成就を告げるとされている。

その牛を見るために、こうして三日も息を殺していたのだが、残念ながら格別呪い殺したい相手も居ないので、自ら試すわけにもいかない。

息をつく。
とりあえず、帰ることにした。

その前にと携帯を取り出す。

先ほどの着信はアパート隣人のヨシからだった。
こちらに電話を切られた後、別のSNSの方にメッセージを送ったようだ。

画面に表示すると、たった一言。

――――

今日も行ってんのかお前(笑)

――――

と訳知り風に書かれていた。

しばらく眺めてから奴に電話を掛ける。
数回のコール音の後、酔っぱらいの声が耳元で響いた。

『よー、お前今どこに居んだよー』

どうやら酒盛りの真っ最中らしく、電話の向こうで数人の声がする。

「何か用事があったんじゃないのか」

『あー、いやー、今銀橋達と飲んでるんだけど、お前の話になってさー。部屋にも居ねーからどうせまた妙な場所にでも行ってんだろって思ってさー』

「それで?」
『いきなり電話かけたらビックリするだろと思ってなー。で、どう?ビックリしたか?』
「・・・・・・ほー」

なるほど、と思う。
実に奴らしい。

『まぁー、そんなことはどうでもいいんだけどなー。で、お前今どこ居るんだよー』

「丑の刻参りで有名な神社」
『牛のお礼参りー?』

「丑の刻参りな」
『あー、ぞれ知ってるぞー。七日人形に釘打って人を呪い殺すやつだろー、頭にライト差してさー』

「蝋燭な」
『あんなもんデタラメだってー、たった一週間頑張ったくらいで人が呪い殺せるわけないだろーよ。ちょっと気分が悪くなるくらいだって』

「そうか。・・・・・・なら、試していいか?」
『んー?』

本堂横の牛石をライトで照らす。
その名の通り、大きな牛が座ってこちらを見ているかのような形をしている。

「丑の刻参りを七日間続けると、どこからともなく牛が出てくるんだそうだ」
『うんー?うしー?』

「その牛を見るために、お前を呪ってみてもいいか?」

酔っぱらいの声が、ぴたりと止んだ。
たっぷりの静寂。

『・・・・・・いや、それはちょっとやめてくれ』

ヨシが言った。

「少し気分が悪くなるくらいなんだろ」
『いやな・・・・・・、そういうのは相手に伝わるようにやるとまた違うんだよ。それにさ、お前のは何か、マジで効きそうだし・・・・・・』

声から酔いが抜けている。

「冗談だ」
『・・・・・・マジで冗談?』

「冗談だ」
『はぁー・・・・・・』

ヨシが息を吐く。
こちらとしては冗談三割、本気二割、あとは意趣返しといったところか。

「吃驚したか?」
すると奴は、おそらく、電話の向こうで頭を掻き目を細めながら、『酔いが醒めたぞおい』
ひどく恨めしそうに、そう言った。

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