※このお話には「姦姦蛇螺(かんかんだら)後編」の続きがあります。
小中学の頃、俺は田舎者で世間知らず・・・。
特に仲の良かったA、Bと三人で毎日バカやって荒れた生活をしていた。
俺とAは、家族にもまるっきり見放されていたのだが、Bのお母さんだけは、Bを必ず構ってくれていた。
あくまで厳しい態度ではあったけれど、何だかんだ言ってBのために色々と動いてくれていた。
中三のある時、そんなBとお母さんが、かなりキツい喧嘩になったことを知った。
詳しい内容は言わなかったものの、精神的にお母さんを痛め付けたらしい。
お母さんをズタボロに傷つけていたころ、親父が帰ってきた。
一目で状況を察した親父は、Bを無視して黙ったままお母さんに近づいていった。
服や髪がボロボロなうえに、死んだ魚のような目で床を茫然と見つめてるお母さんを見て、親父はBに話した。
B父:「お前、ここまで人を踏み躙れるような人間になっちまったんだな。母さんがどれだけお前を想ってるか、なんでわからないんだ」
親父はBを見ず、お母さんを抱き締めながら話していたそうだ。
B:「うるせえよ。てめえは殺してやろうか?あ?」
Bは全く話を聞く気がなかった。
だが親父は何ら反応する様子もなく、淡々と話を続けたらしい。
B父:「お前、自分には怖いものなんか何もないと、そう思ってるのか」
B:「ねえな。あるなら見せてもらいてえもんだぜ」
親父は少し黙った後、話した。
B父:「お前は俺の息子だ。母さんがお前をどれだけ心配しているのかも良く分かっている。だがな、お前が母さんに対してこうやって踏み躙る事しか出来ないのなら、俺にも考えがある。これは父としてでなく、一人の人間、他人として話す。先にはっきり言っておくが俺がこれを話すのは、お前が死んでも構わんと覚悟した証拠だ。それでいいなら聞け」
Bは、その言葉に何か凄まじい気迫のようなものを感じたらしいが、「いいから話してみろ!」と煽った。
B父:「森の中で立入禁止になっている場所があるのを知っているな。あそこに入って奥へ進んでみろ。後は行けばわかる。そこで今みたいに暴れてみろ。出来るもんならな」
親父が言う森というのは、俺達が住んでいるところに小規模の山があって、そのふもとにある樹海みたいな場所だ。
山自体は普通に入れて、森全体も普通ではあるが、中に入っていくと、途中で立入禁止になってる区域がある。
言ってみれば、四角の中に小さい円を書いて、その円の中には入るな、という状態だ。
2メートル近い高さの柵で囲まれ、柵には太い綱と有刺鉄線、柵全体にはが連なった白い紙がからまっていて(独自の紙垂のような)、大小いろいろな鈴が無数に付いている。
変に部分的なせいで柵自体の並びも歪だし、とにかく尋常じゃないの一言に尽きる。
そして、特定の日に巫女さんが入り口に数人集まっているのを見かけることがあるが、その日は付近一帯が立入禁止になるため、何をしているのかは謎だった。
様々な噂が飛び交っていたが、カルト教団の洗脳施設があるという説が一番有力だった。
そもそもその地点まで行くのが面倒なので、その奥まで行ったっという話はほとんどなかった。
親父はBの返事を待たずにお母さんを連れて2階に上がって行ったそうだ。
Bはそのまま家を出て、待ち合わせていた俺とAと合流。
そこで俺達もこの話を聞いた。
A:「父親がそこまで言うなんて相当だな」
俺:「噂じゃカルト教団のアジトだっけ。捕まって洗脳されちまえって事かね。怖いっちゃ怖いが・・・どうすんだ?行くのか?」
B:「行くに決まってんだろ。どうせ親父のハッタリだ」
面白半分で俺とAもついて行くことになり、三人でそこへ向かった。
あれこれ道具を用意して、時間は夜中の1時過ぎぐらいになっていた。
意気揚々と現場に到着し、持ってきた懐中電灯で前を照らしながら森へ入って行く。
軽装でも進んで行けるような道だった。
俺達はいつも地下足袋だったので歩きやすかったが、問題の地点へは40分近くは歩かないといけない。
ところが、入って5分もしないうちにおかしな事になった。
俺達が入って歩きだしたのとほぼ同じタイミングで、何か音が遠くから聞こえ始めた。
夜の静けさがやたらとその音を強調させる。
最初に気付いたのはBだった。
B:「おい、何か聞こえねぇか?」
Bの言葉で耳を澄ませてみると、確かに聞こえた。
落ち葉を引きずる『カサカサ・・・』という音と、枝が『パキッ・・・パキッ・・・』と折れる音。それが遠くの方から微かに聞こえてきている。
遠くから微かに・・・というせいもあって、さほど恐怖は感じなかった。
人って考える前に動物ぐらいいるだろ、そんな思いもあり構わず進んでいった。
動物だと考えてから気にしなくなったが、そのまま20分ぐらい進んできたところで、またBが何かに気付き、俺とAの足を止めた。
B:「A、お前だけちょっと歩いてみてくれ」
A:「?・・・何でだよ」
B:「いいから早く!」
Aが不思議そうに一人で前へ歩いていき、またこっちへ戻ってくる。
それを見て、Bは考え込むような表情になった。
A:「おい、何なんだよ?」
俺:「説明しろ!」
俺達がそう言うと、Bは「静かにしてよ~く聞いててみ」と、Aにさせたように一人で前へ歩いていき、またこっちに戻ってきた。
二、三度繰り返してようやく俺達も気が付いた。
遠くから微かに聞こえてきている音は、俺達の動きに合わせていた。
俺達が歩きだせばその音も歩きだし、俺達が立ち止まると音も止まる。
まるでこっちの様子がわかっているようだった。
何かひんやりした空気を感じずにはいられなかった。
周囲に俺達が持つ以外の光はない。
月は出てるが、木々に遮られほとんど意味はなかった。
懐中電灯を点けているので、こちらの位置が分かるのも不思議ではない。
しかし一緒に歩いてる俺達でさえ、互いの姿を確認するのに目を凝らさなければならない暗さだ。
そんな暗闇の中で、光もなしに何をしている?なぜ俺達と同じように動いているんだ?
B:「ふざけんなよ。誰か俺達を尾けてやがんのか?」
A:「近づかれてる気配はないよな。向こうはさっきからずっと同じぐらいの位置だし」
Aが言うように森に入ってからここまでの20分ほど、俺達と、その音との距離は一向に変わっていなかった。
近づいてくるわけでも遠ざかるわけでもない。
終始、同じ距離を保ったままだった。
俺:「監視されてんのかな?」
A:「そんな感じだよな・・・カルト教団とかなら何か変な装置とか持ってそうだしよ」
音から察すると、複数ではなく一人がずっと俺達にくっついてるような感じだった。
しばらく足を止めて考え、下手に正体を探ろうとするのは危険と判断し、一応あたりを警戒しつつそのまま先へ進む事にした。
それからずっと音に付きまとわれながら進んでいたが、やっと柵が見えてくると、音などどうでもよくなっていた。
音以上に、その柵の様子の方が意味不明だったからだ。
三人とも見るのは初めてだったが、想像以上のものだった。
同時にそれまでなかったある考えが頭に過ぎった。
普段は霊などバカにしてる俺達から見ても、その先にあるのが現実的なものでない事を示唆しているとしか思えない。
それも半端じゃなくやばいものが。
まさか、“そういう意味”で、いわくつきの場所なのか。
森へ入ってから初めて、今俺達はやばい場所にいるんじゃないかと思い始めた。
A:「おい、これぶち破って奥行けってのか?誰が見ても普通じゃねえだろこれ!」
B:「うるせえな、こんなんでビビってんじゃねえよ!」
柵の異常な様子に怯んでいた俺とAを怒鳴り、Bは持ってきた道具あれこれで柵をぶち壊し始めた。
破壊音よりも、鳴り響く無数の鈴の音が凄かった。
しかしここまでとは想像してなかったため、持参した道具では貧弱すぎた。
というか、不自然なほどに頑丈だった。
特殊な素材でも使っているのではないかというくら、びくともしなかった。
結局よじのぼるしかなくなってしまったが、綱のおかげで上ることは簡単だった。
だが柵を越えた途端、激しい違和感を覚えた。
閉塞感のような、檻に閉じ込められたような息苦しさを感じた。
AとBも同じだったようで、踏み出すのを躊躇していたが、柵を越えてしまったからには行くしかなかった。
先へ進むべく歩きだしてすぐに、三人とも気が付いた。
ずっと付きまとってた音が、柵を越えてからパッタリ聞こえなくなった事に。
正直そんなんもうどうでもいいとさえ思えるほど嫌な空気だったが、Aが放った言葉でさらに嫌な空気が増した。
A:「もしかしてさぁ、そいつ・・・ずっとここにいたんじゃねえか?この柵、こっから見える分だけでも出入口みたいなのはないしさ、それで近付けなかったんじゃ・・・」
B:「んなわけねえだろ。俺達が音の動きに気付いた場所ですらこっからじゃもう見えねえんだぞ?それなのに入った時点から俺達の様子がわかるわけねえだろ」
普通に考えればBの言葉が正しかった。
禁止区域と森の入り口はかなり離れている。
時間にして40分ほどと書いたが、俺達だってちんたら歩いていたわけではないし、距離にしたらそれなりの数字にはなる。
だが、現実のものじゃないかもしれない・・・という考えが過ぎってしまった事で、Aの言葉を否定できなかった。
柵を見てから絶対に“ヤバい”と感じ始めていた俺とAを尻目に、Bだけが俄然強気だった。
B:「霊だか何だか知らねえけどよ、お前の言うとおりだとしたら、そいつはこの柵から出られねえって事だろ?そんなやつ大したことねえよ」
そう言って奧へ進んでいった。
柵を越えてから2、30分歩き、うっすらと反対側の柵が見え始めたところで、不思議なものを見つけた。
特定の六本の木に注連縄(しめなわ)が張られ、その六本の木を六本の縄で括り、六角形の空間がつくられていた。
柵にかかってるのとは別の、正式なものっぽい紙垂もかけられてた。
そして、その中央に賽銭箱みたいなのがポツンと置いてあった。
目にした瞬間は、三人とも言葉が出なかった。
特に俺とAは、マジでやばい事になってきたと焦ってさえいた。
バカな俺達でも、注連縄が通常どんな場で何のために用いられてるものか、何となくは知ってる。そういう意味でも、ここを立入禁止にしているのは、間違いなく目の前にある光景のためだ。
俺達はとうとう、来るとこまで来てしまったわけだ。
俺:「お前の親父が言ってたの、たぶんこれの事だろ」
A:「暴れるとか無理。明らかにやばいだろ」
だが、Bは強気な姿勢を崩さなかった。
B:「別に悪いもんとは限らねえだろ。とりあえずあの箱見て見ようぜ!宝でも入ってっかもな」
Bは縄をくぐって六角形の中に入り、箱に近づいてった。
俺とAは箱よりもBが何をしでかすかが不安だったが、とりあえずBに続いた。
野晒しで雨などにやられたせいか、箱はサビだらけだった。
上部は蓋になっていて、網目で中が見える。
だが、蓋の下にまた板が敷かれていて、結局中を見ることはできない。
さらに箱にはチョークか何かで模様のようなものが書いてあった。
恐らく家紋ではないか?
前後左右それぞれの面にいくつもの紋所みたいな模様が書き込まれていた。
しかも全部違う模様で、同じものは見当たらなかった。
俺とAは極力触らないようにし、構わず触るBにも乱暴にはしないよう、注意しながら箱を調べてみた。
どうやら地面に底を直接固定してあるらしく、大して重くはないはずなのに持ち上がらなかった。
中身をどうやって見るのかと隅々までチェックすると、後ろの面だけ外れるようになってるのに気付いた。
B:「おっ、ここだけ外れるぞ!中見れるぜ!」
Bが箱の一面を取り外し、俺とAもBの後ろから中を覗き込んだ。
箱の中には四隅にペットボトルのような形の壺が置かれていて、その中には何か液体が入っていた。
箱の中央に、先端が赤く塗られた五センチぐらいの楊枝みたいなものが、変な形で置かれていた。
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このような形で六本。
接する四ヶ所だけ赤く塗られてる。
俺:「なんだこれ?爪楊枝か?」
A:「おい、ペットボトルみてえなの中に何か入ってるぜ。気持ちわりいな」
B:「ここまで来てペットボトルと爪楊枝かよ。意味わかんねえ」
俺とAはぺットボトルのような壺を少し触ってみたぐらいだったが、Bは手に取って匂いを嗅いだりしていた。
Bは壺を元に戻すと、今度は爪楊枝を触ろうと手を伸ばす。
ところが、汗をかいていたのか指先に一瞬くっつき、そのせいで離すときに形がずれてしまった。
その瞬間。
『チリンチリリン!!チリンチリン!!』
俺達が来た方とは反対、六角形地点のさらに奧にうっすらと見えている柵の方から、物凄い勢いで鈴の音が鳴った。
さすがに三人とも「うわ」っと声を上げて、一斉に顔を見合わせた。
B:「誰だちくしょう!ふざけんなよ!」
Bはその方向へ走りだした。
俺:「バカ、そっち行くな!」
A:「おいB!やばいって!」
慌てて後を追おうと身構えると、Bは突然立ち止まり、前方に懐中電灯を向けたまま動かなくなった。
「何だよ、フリかよ~」と俺とAがホッとして急いで近付いてくと、Bの体が小刻みに震えだした。
「お、おい、どうした・・・?」と言いながら無意識に照らされた先を見た。
Bの懐中電灯は、立ち並ぶ木々の中の一本、その根元のあたりを照らしていた。
その陰から、女の顔がこちらを覗いていた。
ひょこっと顔半分だけ出して、眩しがる様子もなく俺達を眺めていた。
上下の歯をむき出しにするように「い~っ」と口を開け、目は据わっていた。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
誰のものかわからない悲鳴と同時に、俺達は一斉に振り返り走りだした。
頭は真っ白で、体が勝手に最善の行動をとったような感じだった。
互いを見合わせる余裕もなく、それぞれが必死で柵へ向かった。
柵が見えると一気に飛び掛かり、急いでよじのぼる。
上まで来たらまた一気に飛び降り、すぐに入り口へ戻ろうとした。
だが、混乱しているのかAが上手く柵を上れずなかなかこっちに来ない。
俺:「A!早く!!」
B:「おい!早くしろ!!」
Aを待ちながら、俺はどうすればいいのか分からなかった。
俺:「何だよあれ!?何なんだよ!?」
B:「知らねえよ黙れ!!」
完全にパニック状態だった。
その時、『チリリン!!チリンチリン!!』
凄まじい大音量で鈴の音が鳴り響き、柵が揺れだした。
「何だ・・・!?どこからだ・・・!?」
俺とBはパニック状態になりながらも周囲を確認した。
入り口とは逆、山へ向かう方角から鳴り響き、近づいているのか、音と柵の揺れがどんどん激しくなってくる。
俺:「やばいやばい!」
B:「まだかよ!早くしろ!!」
俺達の言葉が余計にAを混乱させていることを分かってはいたが、せかさないわけにはいかなかった。
Aは無我夢中に必死で柵をよじ登った。
Aがようやく上りきろうというその時、俺とBの視線はそこにはなかった。
ガタガタと震え、体中から汗が噴き出し、声を出せなくなった。
それに気付いたAも、柵の上から俺達が見ている方向を向いた。
山への方角にずらっと続く柵を伝った先、しかもこっち側に『あいつ』が張りついていた。
顔だけかと思ったそれは、裸で上半身のみ、右腕左腕が三本ずつあった。
それらで器用に綱と有刺鉄線を掴んで「い~っ」と口を開けたまま、巣を渡る蜘蛛のようにこちらへ向かってきていた。
とてつもない恐怖!
「うわぁぁぁぁ!!」
Aがとっさに上から飛び降り、俺とBに倒れこんできた。
それではっとした俺達は、すぐにAを起こし、一気に入り口へ走った。
後ろは見れない。
前だけを見据え、必死で走った!
全力で走れば30分もかからないはずの道のりを、何時間も走ったような気がした。
入り口が見えてくると、何やら人影も見えた。
おい、まさか・・・三人とも急停止し、息を呑んで人影を確認した。
誰だかわからないが何人か集まっている。
あいつじゃない。
そう確認できた途端に再び走りだし、その人達の中に飛び込んだ。
「おい!出てきたぞ!」
「まさか・・・本当にあの柵の先に行ってたのか!?」
「おーい!急いで奥さんに知らせろ!」
集まっていた人達はざわざわとした様子で、俺達に駆け寄ってきた。
何を話しかけられたのか、すぐには分からないほど、頭が真っ白で放心状態だった。
後半へ続く・・・。