鼻を削ぎ落した

カテゴリー「怨念・呪い」

昔、首里城下に嘉平川里之子という男がおりました。
「里之子」とは士族の男子の呼び名です。

しかし嘉平川家は名家ではなく王府の役職にも就いておりませんでしたので、その暮らしぶりは裕福とは縁遠いものでした。
その上嘉平川里之子は重い胸の病気を患っており寝たり起きたりの生活でした。
生計を支えるため妻のチルーは小さな商いをしておりましたが、その合間にも機(はた)を織り献身的に夫を支えておりました。

妻のチルーは気立てが良いばかりではなく、首里城下でも幾人もいないほどの美人でした。
それでしたのでチルーを意味ありげな視線で屋敷の中を覗いていく若い侍が何人もいて夫の存在など無視するありさまでした。

病弱なうえ気弱になってしまった嘉平川は妻のチルーが甲斐性の無い自分に愛想をつかし他の男に心変わりするのではないかと、嫉妬・疑心暗鬼に陥り、ついには枕も上がらぬ重病になってしまいました。

そんなある日、嘉平川は妻チルーを枕元に呼び寄せ愚痴っぽい口調で話します、

嘉平川:「チルー、毎日迷惑をかけてすまない、俺はどうやら病気が治る見込みはないらしい」

嘉平川:「お前のことが気がかりでこのままでは死んでも死に切れない。お前は美人だから言い寄ってくる男は多いだろう。お前は俺のことなど忘れて他の男に心を移すに違いない」

チルー:「貴方という人は・・・、私はそんな浅ましい女ではありませんよ。他の男に心移すなど考えて事もありませんわ」

チルーは涙ぐんでこう言いました。

嘉平川:「そんなことを言っても信用できない。お前のその美しさは今の私には残酷な仕打ちなんだ」

夫のそんな言葉を聞くとチルーは思いつめた表情でしばらく考え込んでいました。

チルー:「わかりました。貴方は私の顔が醜くなれば、ようやく安心するのですね。」

嘉平川:「私以外の男を夫にしないと、誓ってくれ」

チルー:「でも、私が醜くなったら貴方こそ私を愛してくださらないのではありませんか」

嘉平川:「そんなことは無い、お前がどんな姿になっても、一生お前を愛し続ける」

チルーはまた思いつめた表情でおりましたが「わかりました」と一言告げると、スッと立ち上がり隣の部屋へ入っていきました。

まもなく隣室から「ううっ!」という悲鳴ともうめきともつかぬ声が聞こえてきました。
病気の体をおして這うように嘉平川が隣室を覗いて見ると・・・妻のチルーが倒れており肩を震わせております。

嘉平川:「おい!どうしたのだ!」

夫の声に妻は決心したようにゆっくりと顔をあげます、

嘉平川:「はっ!」

妻の顔をみて嘉平川は息を呑みこんでしまいました。

チルーは夫への変わらぬ愛を誓いわが身を傷つけたのでした。
あの美しかった彼女の鼻は無残にもそぎ落とされ、はじけたザクロのように裂け割れとめどもなく鮮血が噴き出しておりました。

チルー:「私は貴方以外の男を夫にする気はございません。その証拠にこの通り、自分で自分の顔を醜く傷つけました。世間の男達もこの私に変な目つきをしなくなるでしょう。だから貴方は余計な心配などせず一日も早くご病気を治して下さいませ」

鼻から息が抜けるようなちからない声で泣きながら言うと、嘉平川は今までの妻への猜疑心・嫉妬を後悔しました。

嘉平川:「チルー!おまえの心を疑ってすまなかった!ゆるしてくれ!」

そう心から詫び、「そこまでしなくても・・・」と今更ながら思うのでありました。
チルーのあの美しい顔は二度ともとにはかえりませんでした。

不思議なことにこの日を境に、嘉平川の病状は回復していきましたが・・・二目と見られぬ顔になった妻チルーに対して哀れさよりは嫌悪感が先立ってしまいます。
健康な体と明るさを取り戻した嘉平川里之子は妻チルー以外の女に目を引かれ心をうつすようになり・・・ついにナビーという寡婦(後家)と深い関係になってしまいます。

・・・そしてこの情事がいつしか妻チルーの耳に入ります・・・・・。

病床の夫に余計な心配をかけまいと自らの鼻をそぎ落とし、二目と見られないほど顔を醜くしたチルー。
その夫嘉平川が、自分の目を忍んでナビーという後家と深い関係になったことを知り落胆します。
食事もろくに取れず今度は彼女が病気になってしまい床に伏してしまいました。
これ幸いと嘉平川はますます情婦ナビーとの密会を重ね、2、3日彼女の家に泊まることしばしばでした。

しかし以前あんなに愛してくれた夫、話さえすれば判ってくれるだろう・・・チルーは病床から嘉平川に話しかけます。

チルー:「貴方は最近ナビーという女と親密な仲になっているそうですが本当なんですか」

嘉平川:「誰がそんな嘘を言うんだ!馬鹿なことを信じるな!」

チルー:「嘘!わたしは貴方の態度でわかります。それに・・・人からも聞きました!
本当のことを話してください!」

嘉平川は狼狽しその場を立ち去ろうとしますが、チルーが着物の裾をつかみ離しません。

チルー:「今日こそははっきりさせてください!貴方は私がこんな醜い顔になったので愛想を尽かし、あのナビーという女と一緒になる気でいるのですね!私を捨てる考えなんですね!!」

チルー:「私がこうなったのもみんな貴方の病気を治してあげたい一心からです!それが今になって私の顔を見るのも恐ろしそうにするなんて!なんて薄情な人なんでしょう!男の心はそんなに変わりやすいものなのですか・・・」

ここまで責めたてられ手が付けられないと思った嘉平川はついに本心をさらしやけくそになっていた。

嘉平川:「そうだ!お前のその恐ろしい顔をみて心変わりしない男はいないさ!」

チルー:「なんて、ひどい!」

チルーは夫の無情の言葉に声もちから無く泣き伏してしまいます。
嘉平川はそれ以来、家を出て行きます。
一人残されたチルーは誰の看病も受けることなく、夫の不実を怨みながら数日後一人寂しく死んでしまったのです。

数ヵ月後、、それは月夜の出来事でした。
嘉平川里之子は愛人のナビーと首里城下の森を散歩しておりました。
松林に覆われたこの場所は眼下に那覇を見下ろす眺めのいい森でした。
この夜は満月で青々とした月光がしのび逢う二人を照らしています。
詩情あふれる月を仰いでいると嘉平川は深い感情に誘われ「月や昔から変わること無さみ」と歌の句が浮かび静かに声に出して詠みました。
そして次の下の句は何と詠おうかと考えておりました・・。

その時です・・・。

音も無く風が吹いてきて松の枝を揺らし、なぜか寂しい不気味な風に乗って・・・「~変て行くものや人の心~」と、どこからか聞こえてくると嘉平川の耳をつらぬきます。

それは聞き取りにくい声でしたがどこか聞き覚えのある声に「はっ!」と驚き傍にいるナビーを見つめ「いまの詩はお前の声か!」と尋ねます。

黙って月を見ていたナビーは「いえ!わたしは何も喋ってませんし、何も聞こえませんでしたよ!」と、驚いた表情で答えます!

嘉平川:「まさかあの声はチルー・・」

そう思ったその時!

「~月や昔から変わること無さみ変て行くものや人の心~」

また嘉平川の耳に聞こえてきました!

嘉平川:「間違いない!死んだ妻チルーの声だっ!!」

叫び声と同時に目の前の松ノ木間から白い姿がボウッと浮き上がるのが見えました!

それは顔の真ん中にぽっかりと黒い穴の開いた妻・チルーの顔でした!

チルー:「貴方は、この私を、決して変わることの無い愛を誓ったのに!あれほど貴方に尽くした私を捨てましたね!この怨み晴らさずにはおきません!!」

恐怖に絶えかねた嘉平川里之子はついに気を失ってその場に倒れてしまいました。

その後も妻・チルーの亡霊は嘉平川里之子の前に現れ続けます。
嘉平川は恐怖をまぎらわせんと毎日酒をあおります。
いつの日か彼は常軌を逸した性格になってしまいある行動に出ます。

嘉平川:「妻の死骸の足を釘付けにしたら幽霊となって出てくる事もなくなるのではないか!」

その日彼は夜になるのを待って真嘉比道にある妻を葬っている墓に出かけていきました・・・。

真嘉比道(まかんみち)は崇元寺から首里・儀保への抜け道です。
嘉平川里之子の妻チルーの墓はこの真嘉比道にありました。

墓の入り口、嘉平川が石板をはずし中に入り白い布に覆われた棺の蓋を開けると、すでに体の肉半分がただれ落ちた妻の死体が現れました。
まさに鬼気迫る光景でしたが里之子はかなりのお酒を飲んでましたので怖いとも気味悪いとも思いませんでした。

意識がもうろうとした状況で嘉平川里之子は妻の両足を持参した金槌と長い釘で棺おけにしっかりと打ち付けました。

嘉平川:「よし!これで妻の亡霊は現れないだろう!」

ようやく安心した嘉平川は家に帰りまた酒を飲んで寝てしまいました。

それからどれだけの時間が経ったでしょうか。
暑さで寝苦しさを感じ、ふと目覚めた嘉平川が部屋の暗闇にぼんやりと浮かぶ白い姿をみて仰天!しました。
なんとそれは妻チルーの幽霊です!!

チルー:「この恨み晴らさずにおきません」

その姿は顔中血だらけ髪は乱れ抜け落ち目は血走っていました。

チルー:「あなたは、あなたは私の足を釘で打ち付けましたね!だから私はこんな姿になって・・・」

なんとチルーの亡霊は両足を釘で打ちつけられた為、逆立ちの姿で嘉平川の目の前にぶら下がって現れたのです!

チルー・逆立ち幽霊は毎晩のように嘉平川の家に現れました。
困り果てた嘉平川は首里は守礼の門近くの天界寺から御札・護符をもらい屋敷の角々に貼り付けました。
それからというもの、嘉平川里之子の前にはチルーの亡霊は現れなくなったのですが・・・。

真嘉比道は昼間でも寂しい通りで夜になれば人通りもなく薄気味悪い場所でした。
この真嘉比道に逆立ち幽霊が出るようになったのです。

ある日、池城里之子という人がこの道を通りかかりました。
彼も逆立ち幽霊の噂は聞いていましたが「この世に幽霊などいるはずがない、あるにしても幽霊が出るのは何か理由があるに違いない!」と考えていました。

彼はどんどん通りを進み帰宅を急いでおりましたが・・・やはり彼の前にも逆立ちの幽霊は現れました!
その姿を見た池城里之子は一瞬たじろぎますが、勇気を出して逆立ちで現れた幽霊に問いかけます

池城里之子:「お前は何故毎晩この場所にそんな姿で現れるのだ」

すると逆立ち幽霊・チルーの亡霊は今までの身の上を語った後、次のように池城に哀願します・・・。

チルー:「嘉平川の屋敷には天界寺の護符が貼られているため屋敷の中に入って怨みを言うことができません。お願いです!あの護符を剥がしていただくわけにはいきませんか!」

チルー:「そのことをお願いする為に、毎晩この場所で何人もの前に立ちましたが、みんな私の姿を見ると逃げてしまいます!どうか里之子様!私の願いをかなえてください!!」

以前から嘉平川の妻に対する仕打ちを噂に聞いていた池城里之子。
亡霊チルーの言葉に心を動かされ道義に外れた嘉平川里之子の行動を怒り、哀れなチルーの為に一肌脱ぐこと約束します。
その夜池城は嘉平川の屋敷に貼られていた護符をすべて剥がしてやりました。

一方嘉平川はいつになく寝苦しさを感じ遅くまで寝られずにいると、やがて逆さまの姿で現れたチルーの亡霊に呪い殺されてしまいました。

その後チルーの亡霊は一度だけ現れました。
それは嘉平川の屋敷ではなく自分の願いを叶えてくれた池城里之子の屋敷でした。
チルーは池城にこう告げます。

チルー:「池城家の墓の中に水溜りがありその中に三匹の鯉がいます。この鯉を家で飼うように」

それは彼女の最期の言葉であり池城里之子への感謝の贈り物でした。

三匹の鯉は池城家に幸運をもたらし池城里之子本人も国王の役職に就き、その子孫も繁栄したとのことです。

おわり

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