真珠湾攻撃を黙認していた

日本時間の1941年12月8日に発生した大日本帝国海軍の真珠湾攻撃を、アメリカ合衆国大統領のフランクリン・ルーズベルトが、事前察知をしながらそれをわざと放置した、という説である。

この説は戦時中の日本や、終戦後のアメリカでも唱えられていた。

日本海軍が択捉島のヒトカップ湾からハワイの真珠湾(パールハーバー)まで、31隻からなる艦隊で北太平洋を横断する大遠征を行った上で、戦艦や駆逐艦が駐留している軍港を奇襲し、しかも成功したという事実は、アメリカに大きな衝撃をもたらした。

当時アメリカにはモンロー主義に代表される孤立主義の伝統があり、他国の戦争に巻き込まれることを嫌う傾向があった。
また、ルーズベルトは選挙戦において「あなたたちの子供を戦場には出さない」ということを公約にしていた。

ヨーロッパで第二次世界大戦が始まっても、レンドリース法による兵器・物資の供与は行ったものの、アメリカは中立の立場を取っていた。
そこに起こった真珠湾攻撃は、アメリカが連合国に加わって第二次世界大戦・太平洋戦争に参戦するきっかけを作り出した。

アメリカが本土に攻撃を受けたのは1812年の米英戦争以来であり、日本人が想像する以上の屈辱的事件であった。
戦争中、「リメンバー・パールハーバー」(真珠湾を忘れるな)をことあるごとに強調したことからもうかがえる。

二度の原爆投下を経て太平洋戦争に完全勝利し、半世紀以上経った2001年にアメリカ同時多発テロ事件が発生した際には、このテロを真珠湾攻撃と同様のものだと強調する言論が多く見られるなど、アメリカ人の精神に拭い切れないものを残した。

このように真珠湾攻撃は、軍事的には破格であり、かつ政治面や精神面に大きな転換をもたらした大事件であったため、様々な憶測が生まれた。
なかでも「ルーズベルトは日本の攻撃を諜報局から知らされていたにも拘らず、あえて放置し、攻撃を許すことでアメリカの参戦を国民に認めさせた」とする真珠湾攻撃陰謀説は開戦後60年以上たっても、繰り返し論議される。
しかもそれを日本とアメリカ双方で信じる多くの人々がおり、論争が起こっている。

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