俺達は中毒になりかけていた

カテゴリー「都市伝説」

あ、これな、もう50年近く前になる古い話なんだ。

仮面ライダーのカードって知ってるよな?
スナック菓子についてるおまけのカードで、男の子どもらが競って集めた。

カードの1枚1枚に番号がついてて、その新しいのを持ってるやつがスゴいってんで、小遣いのほとんどをつぎ込むやつがいたし、遠くの町まで遠征して買いに行くやつもいた。

スナックそのものはすげえマズかったから、食べずに袋のまま捨てる子が多くて、もったいないってことでPTAで問題にされ、社会現象にもなった。

ちょっと調べたんだよ。
あのスナックが発売されたのが、仮面ライダーが放映された年で1971年。
俺がこれから話すのは、その1年ほど前のことだ。

ライダーカードとは直接の関係はねえよ。

でな、俺は流行ってたときに、ライダーカード集めてないんだ。
だから仲間はずれにされたりもしたが、気味が悪くってダメだった、カードがトラウマになってたんだな。
なんでそうなったか、その理由を今から話す。

5年生のときだ。
俺は当時、川崎のほうに住んでた。

今でこそ少しはきれいになったが、昔はなあ、工業地帯の真ん中で、大中小の工場が立ち並んでてな。
海なんかありえない色をしてて、ヒドい臭いだったな。

で、俺はそこの商店街の通りに家があった。
いや、俺の家は工場じゃなく、親父は郵便局に勤めてたから。

あの頃はゲームなんてなかったから、子どもはみんな外で遊んでた。
公園とかでボール使っても、そこまでうるさく言われることもなかったし。

あと、あちこちに駄菓子屋があった。
5円とか10円で買えるものがあったし、くじがついてて、当たればもう一個ってのも多かったな。

で、小学校の学区にある駄菓子屋は全部知ってるつもりだったんだが、いつも遊んでる同学年の木田ってやつが、「新しい駄菓子屋見つけた」って学校の帰りに言ってきた。

「そんなのねえだろ」
「あるんだよ、これから行こうぜ」

ってことで、ランドセル背負ったまま木田についてった。

通学路から外れて運河の橋をわたり、ゴミゴミした中小の工場街に出た。
あちこちからギーギーガンガン、何かを加工する音が聞こえてくる。

「こんなとこに駄菓子屋なんかねえだろ、子どもなんて来ないとこだ」

俺はそう言ったんだが、木田は先に立ってずんずん歩いて、金属と薬品の臭いのする小路に入ってった。

たぶん溶接とかメッキをやってたんだろう。

で、「あれだ」って指差した先に、『◯◯発動機』って看板が見えたんだ。

「駄菓子屋じゃねえじゃん」

バラックみたいな建物だったが、まだそういう家はけっこうあった。

そこはガラス戸4枚分くらいの店で、下がコンクリ。
中は3分の2が工場みたいで、いろんな部品や工具があって、自動車の半分くらいもあるでかい機械が見えた。

その店の右側の壁に、たしかに駄菓子が積み上げてある。
くじとか酢イカ、ふ菓子とかどこにでもあるようなのが申しわけ程度に。

ああ、ツマンねえと思った。
こんな30分もかけて歩いてくるようなとこじゃねえ。

「いや、ここにスゲえ菓子がある」

木田はそう言い、機械のそばにしゃがみこんでる大人に、「また来た。ムーンチョコおくれ」って話しかけた。

そしたらその人がふり向き、顔を見て驚いた。
金属のお面をつけてたんだ。

当時はわからなかったが、溶接のときに火花が目に入らないようにするやつだ。
その人が立ち上がると、小学5年の俺らより少し大きいくらいしかなかった。

くぐもったような声で「あいよ」と言い、棚にある金属の缶を開けた。

「ムーンチョコ2つ」と木田が言って40円出した。
するとその人は、「ほら」と缶の中から銀紙で包装した10cmくらいのを出して木田に渡したんだ。

「これがスゲえうめえから、お前も買え」

いったん外に出て見せてもらったが、メーカー名とか何もついてなくて、ただ青い字で『ムーンチョコ』とだけ書いてある。

木田はせわしなく銀紙を破ると、中のカリントウ型のチョコの半分を俺にくれた。

半信半疑で食ってみた。
そしたらなあ、これがほんとうにうまかったんだよ。

いや、いまだにあんなの食ったことがねえ。
チョコの中にどろっとした液体が入ってて舌がとろけるみたいだった。

「こりゃスゲえ」と思い、俺も2個買った。
で、むさぼるように食ったんだよ。

木田は食いおわって包み紙を開き、手のひらの上に何か青い切手みたいなのを2枚載せ、1枚ずつ日に透かして見てる。

「何だよ、それ」
「くじのカードだよ、こうやって月の景色が見えれば当たりなんだよ。な、おじさん」

鉄のお面のおじさんは僕らを見てうなずき、「そう、当たりが出れば月の世界にご招待」なんて言うんだ。

俺も自分のに入ってたのを透かしてみたが、ただの青いセロファンだったな。

それから俺は、おじさんがいじってった機械に興味を持ち、「それ何?」って聞いてみた。

そしたら、「宇宙船だよ。もうほとんどできてるんだが、まだ心臓部がない」

そう言って、機械の中央部分を手袋の手で指した。

その部分だけ金属じゃなくて、丸い、うす青いガラスのボールがついてた。
バスケットボールよりやや大きいくらいだな。

「これが心臓部?」
「そうだ」

でも、宇宙船はさすがに冗談だと思った。

あの頃の小さい自動車の半分くらいで、人が乗れそうなスペースはなかったから。

おじさんは続けて、「ムーンチョコおいしいだろ。外国から取り寄せてるんだ。ボクたちの学校でも友だちに教えてあげてよね」って。

それから帰ったんだが、道々、木田と「ありゃすげえ菓子だ。外国製ってのは本当だろうな。明日から毎日こよう。仲間を連れてこようぜ」そう話し合った。

翌日、さっそく木田と2人連れて行ってみた。
で、全員が3個ずつムーンチョコを買って食ったが、みな大感激してな。

「小遣いが続くかぎり買いに来る」って言った。

うん、仲間はどんどん増えて、20人くらいが毎日駄菓子屋に行ってた。

ムーンチョコが売り切れるのを心配したが、おじさんが缶をつぎつぎ奥から出してきた。

あと、組み上げてる機械はだんだん完成に近づいてるみたいで、あっちこっち出っぱってた部分が滑らかになってきてた。

それから1週間後くらいかなあ。そのときも10人ほどが駄菓子屋にいた。

そしたら藤島ってやつが大声で、「ああ、月の景色だあ!」って叫んで、あのおまけのカードを見てたんだな。

俺はそばにいたんで、「見せてくれ」ひったくるようにして透かしてみたが、やっぱただの青いセロファンだった。

「嘘つくなよ」俺がなじると、おじさんが、「ボク、月の景色ってどんなだった?」と聞き、藤島は勢い込んで、「アメリカの旗が立ってた。アポロのやつ」って答えた。

するとおじさんは、「ああ、当たってる」そう言って、藤島に名前と住所を紙にメモさせた。

後で景品が自宅に送られてくるってことみたいだった。

で、その翌日の朝だ。
まだ夜が明けてない5時ころ、藤島が自宅から離れた湾岸道路にいて、ひき逃げにあって死んだんだよ。

トラックだったみたいで、体がバラバラになってたそうだ。

残念ながら目撃者はなかったが、そこを通る大型車は限られてるし、犯人はすぐ捕まるだろうって、うちの父親が言ってた。

このことを担任から聞いたときはショックだった。
けど、その日の放課後もあの駄菓子屋に大勢で行ったんだよ。

ムーンチョコの中毒みたいになってたのかもしれん。
けど、店の戸がぴったり閉じられてて、ガラスには黒い紙がはってあり、『閉店しました。ごめんなさい』って札が下がってたんだ。

そこに来た全員、藤島が亡くなった知らせを聞いたときよりショックを受けた。
もうムーンチョコが食えねんだから。
やっぱ中毒みたいになってたんだな。

あと、藤島の葬式がなかなか行われず、それは遺体の頭が見つかってないせいだって噂が流れたんだ。

結局、5日ほどたって葬式があり、同じクラスで仲が良かった俺も行ったよ。

でな、俺はムーンチョコがあきらめきれず、それからも毎日その駄菓子屋に行ってみたが、ずっと閉まったまま。

10日目くらいかなあ、今日で最後にしよう、そう思って一人で出かけた。

そしたら、店の中が何か光ってるみたいで、ガラスにはった黒い紙がときどき白くなる。

何だろう?黒い紙の下のほうにわずかなすき間があるんで、俺ははいつくばり、そっから中をのぞき込んだ。

・・・あの機械が見え、バッバッと光を発してた。
でな、・・・前に機械の真ん中にガラスのボールがあるって言ったろ。
そん中に人の顔があったんだ。

藤島だ!と思った瞬間、顔が目を開けた。

俺は後も見ずに逃げ出したよ。
いや、せまいとこからちらっと見ただけだから、見間違いだろうと思う。

そんな馬鹿なことがあってたまるわけがねえ。

それから2週間ほどして、おそるおそるまた行ってみたが、店の建物そのものがなくなり、針金で囲まれた空地になってたんだ。

あと、藤島を轢いたトラックはいつまでたっても見つからなかった。
あれから50年になるから、とっくに時効だ。

まあ、こんな話なんだよ。

それと、これは関係あるかどうかわからねえが、そのあたりの時期に、港に近いとこの化学工場で爆発が起きて、夜が昼間みたいに明るくなったことがあった。
死傷者はいなかったみたいだが。

でな、俺はどうしても、藤島の死と、やつが月の風景の当たりを引いたことをつなげて考えてしまってなあ。

だから、流行ってたときも、仮面ライダーのカードは買わなかったんだよ。

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