兵庫県で聞いた話。
ある日、山に篭って炭を焼いる夫の元へ妻が用事で向かったが、夜になっても帰って来ませんでした。
不安にかられた子供達が隣家に駆け込んで事情が判ったのですが、既に夜も更けていたので、捜索は明朝ということになりました。
明けた翌朝、数名の男達が女を探すために山に入りました。
炭焼き小屋まで登った村人達がまず見つけたものは、窯の周りの地面を赤黒く濡らした大量の血痕でした。
女と炭を焼いているはずの夫の姿はどこにも見当たらず、大声で名を呼んでも返事はありません。
その時、小屋の近くに生えている大木の梢から「ガサガサ」と枝の擦れるような音が聞こえてきました。
村人達が音の方向を見上げると、大きな木の梢に、人が二人引っかかっているのが見えました。
おそらくは件の夫婦であろうその人影は、枝の上で横になりダラリと腕を垂らしたまま・・・どう見ても生きているようには見えません。
と・・・そのうちの一体がもぞりと動いたかと思うと、おもむろに声を上げはじめました。
「おまえ~・・・・おまえ~・・・・」
誰かに呼びかけるように体を起こしたかと思うと、高い枝から無造作に身を投げ、どさりと地面まで落ちてきました。
体は地に伏せているにもかかわらず、頭が180度反転していて、空を向いたその顔は、山に篭って炭を焼いていた男のものでした。
やがて、そいつは腕や足をてんでバラバラに動かしながら存外な速さで村人達の方へ這い寄ってきました。
「おまえ~・・・おまえ~・・・オマエーオマエー」
恐怖に駆られ、我先にと山を駆け下りた男達の後ろから「オマエーオマエーオマエーオマエー」と、機械のように繰り返す声が追いかけてきました。
後に、鉄砲を持った男達が小屋のところまで登ってきた頃には、地面を這っていた男や木の上の亡骸は姿を消しており、夫婦の行方もふっつりと絶えました。