小学校の時の話。
近所に少し変わったおじさんがいて、よく夏場になるとチューペット?(2つにパキッと折る棒アイス)を咥えて町内を徘徊している事から子供達の中では『チュッチュ』と呼ばれていた。
夏休みのある日、俺は一人で山の中にある溜め池に魚釣りに行った。
よく友人や兄などと行っていた場所だが一人でもよく行く場所だった。
途中、川幅15mくらいの場所をジャブジャブと横切る必要があるのだが、川の水深は足首程度で草履を履いていればなんて事はなかった。
その日はいつもよりも良く釣れ、途中から雨が降り出したが構わずに続行。
しばらく釣って満足し帰る事にしたんだが、雨のせいで先ほどの川の流れが勢いを増し、それでもそこを渡らないと帰れないので躊躇せずに入っていった。
川の丁度真ん中あたりに来た時、水深は膝あたりまで来ていて「今、足を踏み出したら流される!」という状況になり立ちすくんだ。
雨も一層強くなってきて、まだ夕方前なのに辺りは薄暗く、心細くなって俺は動けずに泣いた。
どのくらい立ちすくんでいたか分からないが、川の上流から大人が一人こちらへ歩いて来るのが見えた。
あのチュッチュだった。
チュッチュは体格が良く、強い流れの中でもバランスを崩す事無くズンズンこちらへ近づいてきた。
チュッチュは何も言わず無表情で近づいてきたが俺は「助かった!」と安心し、チュッチュが来てくれるのを待っていた。
チュッチュが近づいて手を差し伸べてくれた瞬間、不意に向きを変えてしまったせいなのか、流れが増したせいなのか、俺は流れに足を取られ流されてしまった。
実際に流されている状況は今でもハッキリと覚えているんだが、滑り台の要領で全く溺れる事無く800mくらい下った川下でたまたま水門の調査をしていた役場の人に助けられた。
怖いというよりも、どちらかと言うと川下りという感じで楽しかったとも思えた。
釣竿や道具はなくしてしまっていたが。
役場の人に連れられ、びしょ濡れになって家に帰り母ちゃんに事情を話したらメチャクチャ怒られた。
チュッチュの事も話し、母ちゃんは「その人にお礼を言いにいかんとね」と言っていたが、チュッチュの家は知らなかった。
それから2日後、俺は母ちゃんに連れられ警察署に行った。
母ちゃんは警察署に行く時は何も教えてくれず、ずっと黙っていたから怖かったのを覚えている。
警察署にはあの日助けてくれた役場の人もいて、警察からあの日の話をいろいろと聞かれた。
俺はてっきり、あの場所で魚釣りをした事が怒られると思っていたが・・・警察が「ボクが川で会ったのはこの人?」と写真のチュッチュを見せられて、俺は「そうです」と答えた。
話はすぐに終わり、母ちゃんと帰った。
母ちゃんに「何かあったん?」と聞いても何も答えてくれず、「もうあの山に行ったらいかんよ」とだけ言われた。
でも次の日になると友達や上級生が騒いでいて全て分かった。
「チュッチュが逮捕された」
テレビではしばらくそのニュースをやってたし、小さい町だったからその話が広まるのも当然で。
あの日、俺が会ったチュッチュは数日前から行方不明の女の子の死体をあの山に埋めたその帰りだったのだ。
その話を大人になって母ちゃんとした時に、初めて聞かされた事がありそれに衝撃を受けた。
あの日、チュッチュは俺を助けようと手を差し伸べてくれた訳ではなく、故意に俺を突き飛ばしたらしい。
また、あの水かさの状況で俺が滑り台のように川を下ったのもあり得ないと母ちゃんは警察と消防に言われたらしいのだ。
俺が流された距離の中に3つほどトンネル状の水門があり、そこは全て開放されていた為に落差3~4mの滝つぼ状態になっていてあの濁流の中、そこを難なく通過するのは奇跡に近いと。
実際にチュッチュも俺は助からないと思っていたらしく、当初は2人殺したと言っていたらしい。
俺が役場の人に助けられた場所は水深2m以上あったとのこと。
母ちゃんは泣きながら話してくれた。
極限の状態で俺の記憶がなくなっているだけと周りは言うけど、流されてる間お尻や足が常に付いている安心感と、流れているあの景色はハッキリと頭の中にあるんだけどなぁ。
まぁ、滝つぼの記憶が無い時点でもう記憶のほうがおかしいんだろうけどさ。
婆ちゃんが生前、「水神様のおかげやね」と毎日仏壇に手を合わせてくれていた。
なんとなく千と千尋の神隠しを思い出したw