それぐらい許してやれよ

カテゴリー「心霊・幽霊」

名○屋市立K中学に通っていた時の話。
その中学に通っていた人なら誰でも知っている有名な話なのだが。

三年の私達のクラスにはピアノが置かれていた。
もちろん音楽室以外にピアノが置かれているのはこの教室だけ。
しかもスタンウェイ。

アップライトの古いピアノだが、鍵盤といい装飾といい、いかにもお高そうな風格を備えていた。
長い間調律をされていないようで、弾いてみるとかなり音が狂っている。
でも私の家にある安物のピアノより音が素敵だったので、いつか調律してやろうと思いながら、放課後は毎日勝手に弾かせてもらっていた。

『スタンウェイを教室に置いておくなんて、ここの中学って金持ち~』などと、そのときは別段不思議にも思っていなかった。

文化祭の準備をしていて、遅くまで学校に残っていた時だった。
カバンを取りに教室にむかって廊下を歩いていると「ポーン」とピアノの音が聞こえてきた。

『あれ?教室にだれかいたっけ?』

そう一瞬思ったが、今聞こえたピアノの音があまりにも現実感のないまぼろしのような響きなので、思わず教室の入口の引き戸の前で立ち止まり、中の気配をうかがった。

廊下側の窓は全て閉まっていて、教室には電気もついていない。
誰かが中にいるような物音も気配もまったくせず、しーんとしたまま。
息を詰めて入口の前で固まっていると、また静寂を破ってピアノの音が・・・。

「ぽーん・・・ぽーん・・・ぽーん・・・」

間違いなく教室の中でだれかがピアノを弾いている。
弾いているというか、一本の指でひとつひとつ鍵盤を押している。
でもひとつひとつの音をつなげると、なんの曲だろう・・・あきらかに曲を弾いているのだ。

ふいに音が途切れた。
勇気を出して戸を少し開け、顔だけ入れて薄暗い教室を見回した。

だれもいない・・・予想はしてたけど・・・なんなんだよぅ・・・。

怖さ倍増で後ずさりをした瞬間。

「バアァァァ・・・ンッ!!」

両手を思い切り鍵盤に叩きつけたようなものすごい音が響き渡った。

廊下を走り階段を飛び降り、職員室に飛び込むまで息をしてなかったと思う。
それこそ真っ青な顔だったのだろう。
職員室にいた先生達がびっくりして私の顔を見ていた。

担任の先生のところまで行ったが、なんと言っていいかわからずモジモジしてしまった。
笑われて相手にしてくれないだろうと思ったからだ。

先生は「どうしたんだ?」と私の様子を怪しみながら、私の言葉を待っている。
しょうがなく「あの・・・カバンを取りにいったらピアノが・・・あの・・・」

すると、笑うだろうと思ってた先生が近くにいた音楽のS先生と「ああ、あの子だ」と、そういってうなずき合い、こんな話をしてくれた。

10年程前、S先生が担任していた三年生の女の子が病気で亡くなった。
彼女は幼い頃からピアノが好きで、体調が悪く学校に行けないときはいつもピアノを弾いて寂しさをまぎらわしていたそうだ。

彼女の両親は、我が子がもうそんなに長く生きられないのを知って彼女が欲しがっていたスタンウェイのピアノを買い与えた。
しかし、それから間もなく彼女の病状は急激に悪化し、とうとう亡くなってしまったのだ。

両親は弾き手のいなくなったピアノを見るのがつらくて学校に寄付を申し出た。
学校に行きたがっていた娘もきっと喜ぶだろうからと。
学校側もその申し出を快く受け入れ、そのピアノを音楽室に設置した。

ところが、設置したその日から怪奇現象が頻発した。

音楽の授業中、気分の悪くなる生徒が続出したり、開けていた蓋が突然「ばたーん」とひとりでに閉じてしまったり、急に音がでなくなったり、音楽室の窓ガラスにいつの間にかヒビが入ったり・・・。
そのうち、何人もの生徒がピアノのそばにたたずむ女の子の姿を目撃するようになった。

女の子は呟くのだそうだ。

「ここはさびしい・・・」

S先生は学校と相談し、彼女がいたクラスにピアノを設置し直してみた。
すると、彼女は満足したのだろうか、それきり怪奇現象はぴたりと治まったそうだ。
そのかわり・・・夜になるとピアノを弾く音が聞こえるようになった。

「ピアノが勝手に鳴ること自体怪奇現象じゃん!」

そういう私にS先生は「それぐらい許してやれよ」と言った。

そんな話を聞いた以上、カバンを取りに教室に戻りたくはない。
明日、宿題忘れで怒られることを覚悟でそのまま家に帰った。

それきり私は二度とそのピアノには触れなかったし、調律してやることもしなかった。
調律失敗して恨まれるのが怖いし・・・。

あれからもうン十年。
まだあのピアノはあの教室にあるのだろうか。
彼女は今も毎晩弾いているのだろうか。

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