この話は俺が中学の頃聞いた明治か大正時代の話。
ある大きなお店に丁稚(でっち)として働いていた『延松』という人がいた。
※丁稚=職人・商家などに年季奉公をする少年
『延松』は真面目に働いて、おかみさんや主人から可愛がられていた。
ある日、盆も近いということで『延松』に休暇をやり、帰省させることにした。
『延松』も喜んでおかみさんや主人に礼を言い、自分の実家に帰省した。
その夜の事。
店もしまい昼の疲れもあってか、おかみさんは床につくと、いつのまにかすやすやと寝入ってしまった。
しかし、おかみさんは急に夜中に目が覚め、胸騒ぎがしてたまらない。
目の前の空間は自然と右手の廊下を仕切っている障子に行き着き、ずっとそれを凝視していた。
すると音も無く、すーっと障子が開き、なにやら黒い人のような形をしたものが部屋に入った。
黒い人影は「すすー」っとおかみさんの寝ている布団をぐるりと回り、おかみさんの上半身あたりで止まった。
そして「『延松』が死にましたーー。」とこの世のものとは思えない低い声でおかみさんに言うと、来たときと同じように「すすー」っと音をたてずに廊下のほうへ去っていった。
その後2時間おきくらいにその黒い人影はやってきて「『延松』が死にましたーー。」と言ってきたという。
夜が明けおかみさんは主人にそれを報告し、すぐに『延松』の帰省先へ使いをやった。
その後、『延松』の遺体が実家近くの崖の下で発見されたという。