冬のある日、緊急の出勤で午前四時に会社の近くを歩いた。
途中緩いS字カーブの道に差し掛かった。
ちょっと坂になっててね。
両側が林で、あとポツポツ家って感じ。
坂の始め、道の脇に小さいお稲荷さんがあった。
社の周りに旗が二本立ってたが、その片方がやたら風に揺れていた。
あっ旗の位置が高いんだな、でも何でだろう、と思ったら、女が立って旗持ってた。
半袖にツナギみたいなの着て、無表情で前を見つめてる女だった。
かなりビビったがその場はシカトした。
坂を登って神社がカーブで見えなくなった頃、道の真ん中に変なものが落ちていた。
ごつごつした小さな山で、上から黄色いシーツが掛けてあった。
うわキモ・・・と思い避けて通ろうとしたが、シーツに黒いシミの筋が走っているのを見てちょっと早足になってしまった。
その時、後ろから小走りの足音が聞こえ、俺はなんとなく「あの女か?」と感じ、こう考えた。
『これで足止めして襲う変質者なのか?走って逃げようにも俺は足が遅いしな。相手は小柄なおばさんだしビビる必要もないかもしれない。それにこれ計画的だな。悪戯だとしても最低だ、腹が立ってきた。』
で、申し訳なかったけども、すぐ横の住宅の門を潜って、門を閉め、庭先のその場で110をダイヤルした。
それと同時にやってきたのはやはり女だった。
でもなんか、その女、違うんだよね。
服も背格好もさっきと同じなのに、両腕の肘から先がなかった。
その腕を案山子みたいに張って、ジョギングのように例の黄色いシーツの周りをぐるっと一周した。
そこで正面から俺と目が合った。
女は短い髪で、目も口も小さかった。
どちらかといえばお品の宜しい目鼻立ちだった。
でも顔の皮がだるんだるん・・・そんで厚化粧だったと思う。
俺を見た女は動くのをやめた。
頭二つ分くらいの距離しかない。
俺も止まってた。
なんか混乱してたし、動いたら駄目な気がした。
しばらく睨み合った後、女は少し前屈みになって、首を上下しながら元の道を戻っていった。
俺はまだ動けなかった・・・。
女がカーブを曲がる直前、またこっちを見ているのがギリギリ視界の端で分かった。
それがまた何分か経って、完全に女の気配が消えてから「はああぁっ」って息だけの悲鳴が出た。
携帯を持ち直して改めて通報した。
その場に巡査二人が来てくれて、一人が派出所まで付き添ってくれてる間、もう一人が現場に残った。
後で聞いたら、落ちてたのは犬の死体だって。
女は捕まらなかった。
たぶん近所の人じゃないらしい。
この出来事のせいでその土地に居辛くなったし、俺は会社を辞めて上京した。