妻が人身事故で電車が止まり帰宅が遅くなると言うので、小学生の娘を風呂に入れている時に娘から聞いたおまじないの話。
娘曰わく、好きな男の子と両思いになりたい時にするおまじないとのこと。
やり方はちょっと面倒。
先ず自分の名前と両思いになりたい男の子の名前を赤い水性マジックで紙に書き、それを水の入ったガラスのコップの中に入れて溶かす。
溶かしたらそのままコップごと『ある場所』に持って行き、呪文を唱える。
呪文は、自分の名前と両思いになりたい男の子の名前を交互に頭の中で三回づつ唱えるだけ。
その後コップの中の水を小指の先につけて、濡れた指先で眉間、鼻の下、顎の先を軽く触る。
これでおしまい。
コップはそのまま『ある場所』に置いたままにしておき、置いてから五日の間に雨が降ってコップの中の水が溢れたら、神様の力で願いが叶うらしい。
子供らしい無邪気な話しだと思い聞いていたが、『ある場所』について教えて貰った時に、オレは湯船に浸かりながら、背筋が凍る思いがした。
オレは今までずっと地元から離れずに生活していたから、その場所のことはよく知っていた。
でもまさかそこの話がそんな風に変化しているとは思わなかった。
その『ある場所』とは、地元の駅と隣の市の駅とのちょうど中間にある踏切のことだった。
一見すると小さな何の変哲もない踏切なのだが、オレ達が小学生の時、その踏切は2ヶ月の間に4人の命を奪った人身事故を起こしたことで有名な踏切だった。
その人身事故は1ヶ月に1度発生し、事故の度に必ず二人亡くなった。
しかも亡くなる二人は必ず恋人同士。
駅間の踏切でスピードが出ているせいか、二人の遺体は車両の下に潜り込み、区別するのが難しいほど粉々になって混ざり合っていたらしい。
そんなことが続けば当然厭な噂が立つ。
その噂は、恋人に振られた女性が雨の日にそこで自殺をして悪霊となり、仲睦まじい恋人達を雨の日に見かけると線路にひっぱりこんで殺す、と言うものだった。
それだけ聞けば良くある都市伝説なのだが、実はその噂がまるっきり出鱈目ではないことをオレの同級生はよく知っていた。
その恋人に振られて自殺したと言われている女性が、同級生の年の離れた姉だったからだ。
団地の同じ塔に住んでいたオレや何人かの同級生は、その人の通夜にも参列した。
オレはその通夜の場で、口さがない大人達の話しを聞いて事のあらましを知った。
そいつの姉さんは踏みきりで自殺したこと。
遺書に好きだった男性が彼女と相合い傘で歩いているのを見てしまい、悲しくてもう生きていくことが出来ないと書かれていたこと。
噂になる段階で、恋人に振られた事に変わっていたり、亡くなった同級生の姉がものすごく綺麗な女性だったとか変化した部分もあった。
でも、踏切の場所や亡くなった時間、そして雨の日に亡くなったことなど、基本的なことはそのままだった。
そしてやがてその噂がある程度有名になってくると、今度はその噂に妙な『おまけ』が着いてくるようになった。
それは、好きな人に恋敵がいたら、恋敵の名前を紙に書いて件の踏切に置かれた献花台の花瓶にその紙を入れると、悪霊が恋敵に祟りを起こしてくれるという物騒なモノだった。
不謹慎な噂に装飾された罰当たりな『おまじない』だったが、実際に友達の姉の死後四人の男女が亡くなっており、その『おまじない』は一部の女子達の間で強く信じられていた。
そして噂が広まりきった時、どういった訳か、亡くなった女性の母、つまりオレの同級生の母親にまでその『おまじない』が伝わってしまった。
その後、同級生の母親は娘恋しさで、深夜に何度も献花台のそばで寝巻姿のまま徘徊する姿が目撃されるようになり、遂には完全に心を病んで、同じ踏切で自殺をしてしまった。
通夜の席で、オレは再び口さがなく噂話に興じる大人達から、献花台の花瓶の中に、亡くなった同級生の母親の名前が書かれた紙が見つかったと盗み聞いた。
やがてあまりに続いた悲惨な事件に、さすがに不謹慎すぎると噂話も下火になった。
姉と母親を亡くした同級生はその後直ぐに引っ越してしまい、その後どうなったかオレはまったく知る事が出来なかった。
通夜の席で泣きもせず呆然としている同級生を見ていたから、この街から離れた方が良いと誰もが思っていたから、引っ越しの理由はクラスのお別れ会でも誰も口にすることはなかった。
そうしてやがてオレもそんな事件のことなどすっかり忘れていた訳だが、娘の一言で思い出したくもない記憶がありありと蘇ってきてしまった。
娘の髪を乾かしながら、詳しい部分を濁しながら過去の事件を説明し、娘には悲しい事件があったところだから、面白半分でそういう事をしてはいけないと諭しておいた。
ただ、オレにとってもそれは大昔の事件であり、ちょっとした好奇心で、神様はどんな力を使って両思いにしてくれるのかね?、と娘に問いかけたところ、娘はよくわかんないけど、と前置きをして教えてくれた。
娘:「なんかね、絶対離れないようにしてくれるんだって」
オレは思った。
そりゃそうだろ、挽肉が混じり合ったら、誰にも分けらんねぇよ。
娘には改めて、絶対にその場所に近づかないように強く言い聞かせておいた。