隔離実験の結末

カテゴリー「都市伝説」

最初に、これから話す隔離実験が、どういった目的のものなのかをはっきりさせておきたい。

この実験は、人間が暗闇で長時間隔離されたときの反応や、身体の変化を調べるもので、『隔離』と言うだけあって外界との関わりは一切絶たれる。
この手の実験は、知っている方も多いとは思うが、長続きしないもので、大概の人が1週間もせずに音を上げて「出してくれ」と叫び出すのである。

では、前置きはこれくらいにして、ここからが本筋です。

この隔離実験に、一人の男が志願した。
仮にその男をA氏としよう。

彼は芸術家の卵で、粘土による創作をしていた。
名の通っていないA氏は貧乏であったので、1ヶ月間(実験の期間)も衣食住を提供してくれるうえに高い給料(この手の実験は時給がかなりよい)を貰えるこの実験に飛びついた。

A氏は静かな環境で創作に集中できること、また完全な暗闇における作業の可能性を考え、実験室いっぱいに粘土を入れてもらい、実験を開始した。
この実験で研究者側は、A氏の要望には出来る限り応えることを約束していた。(要望は紙に書いて、食事などのやりとりをする小さな隙間から渡す。ただし、この時も一切会話してはいけない)

暗闇の中でも不自由のない生活が出来るように何度も訓練を繰り返していたし、A氏がこの実験の被験者として選ばれた理由でもあるのだが、彼は暗闇の中でもタイピングが出来たので、要望があればそれで伝えることになっていた。

準備は万端だった。

実験開始まもなくのことだ。
今度こそまともに実験が出来ると思っていたから、研究チーム側は困惑していた。
開始から2日目、さっそくA氏から要望の紙が来たのだが、その紙は表も裏も真っ白。
何も書かれていないのだ。

なにせ暗闇の実験だから、何かの手違いだろうと実験チームは気にしなかった。
しかし、薄気味悪いことに、その両面とも白いだけの紙切れは、次の日も次の日も何度も何度も、部屋の向こう側から送られてきた。

隔離実験だったため、声をかけることも出来ずに1週間が過ぎ、そしてとうとう部屋の向こう側から「出してくれっ!!!」という男の悲痛な叫び声が聞こえてきたのだ。

研究チームは、A氏をすぐに出し(人権に関わるので閉じこめたままには出来ない)、一体どうしたんだ!?と聞いた。
A氏は怒りも露わに、「幾ら要望の紙を渡しても、何もしてくれないじゃないか!」と言った。

お気づきの方もいるとは思いますが、説明させてもらいましょう。
何も書かれていない紙の真相は簡単です。
タイプライターにはインクが入っていなかった。
本来なら簡単に気づくはずの事実でしたが、暗闇の隔離実験がそれを覆い隠してしまった、と言うことです。

最初の方で述べたとおり、この手の実験は長くは続かない。
被験者がやめると言ってしまうとそれまでだからだ。

そこで彼の所属する研究チームは、1ヶ月必ずやり通すという念書というのか、契約書というのか、とにかくそういったものを被験者となるその男性(仮にB氏)に書いてもらった。(時給を更に上げたそうだ)

そして例の如く、1週間もせずに「出してくれ」が始まった。
しかし彼のチームは決してB氏を出そうとはしなかった。
要望にも応えてきたし(「出せ」が始まる1日ほど前から要望は来なくなったそうだが)、食事も与えている、風呂もトイレも、柔らかいベッドだってある。
何より契約書に、1ヶ月の実験中はB氏を部屋から出す、出さない。
その決定権は研究チーム側にあると記されているのだ。

1ヶ月後、B氏にやっと暗闇と孤独から解放されるときがきた。
当時の研究チームの所長が実験の終わりを告げる。

返事はない。

ドアを開けた。
B氏が青白い顔をして、近づいてきた。
眩しそうに目を細めることすらしなかったという。
彼は部屋から出ると、手近にあった文鎮代わりの置物を手に取った。

そして、B氏は一番近くにいた所長を襲い、女性研究員にも軽い怪我を負わせました。

所長はそのときに酷く頭を打ち、もう研究者としてはやっていけないそうです。
そしてB氏自身は、現在精神病患者として1人、入院しているそうです。

B氏を狂わせたのが暗闇なのか孤独なのか、あるいは自分を閉じこめ続けた研究者への怨念なのかは解りません。

しかし、私はこの話を聞いたとき、全く本気にしてはいませんでした。
友人の作り話だと思ったのです。

しかし、この話をしてくれた彼と別れた後、はたと気づいたのです。
その日の飲み会は、彼の所長就任祝いだったことを。

彼は今もその研究チームで働いています。

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