これは私の父が体験した話。
父はスポーツ少年団でバレーボールの指導をしている。
夏は1泊2日の合宿があり、その年は父兄が山の温泉にある施設を手配してくれた。
父や子供達は併設されたの体育館で練習に励み、明日の練習に備えて早めに床についた。
父が通されたのは30畳ほどある大広間。
部屋の入口から見て右側の一番奥に父、ちょっと離れた入口の手前にOGの中学生姉妹2人、姉妹の足下に4人で参加した男子中学生の合計4人。
父兄と小学生は壁で隔たれた隣室に寝ていたそうだ。
夜も更けて皆が深い眠りに落ちた頃、廊下で何やら声がしていた。
父の部屋の入口は暑さで開けっ放しの為、廊下の声が入ってくる。
「マ、マー、マ、マー、マ、マー・・・」
小さい女の子が母親を呼ぶか細い声だ。
参加者の中に父兄が不参加だった子供が何人かいる。
そんな子供の内、誰かが夜中のトイレに起きて怖さのあまり、来てない母親の姿を探しているのだと父は思った。
だが子供の声は一向に止む気配がない。
隣室の誰かが面倒を見ている様子でもない。
「マ、マー、ママー、ママー、ママー・・・」
「ママーーーーーーーッッッッ!!!」
突如、父の寝ている部屋中にその子供の叫び声が響き渡った!
あまりの出来事に驚いた父は、声のする方へ言葉を投げた。
「お母さん探してるのかー?」
「・・・・・・・・・・・・」
返事がないので入口へ目をやると、確かに誰かが廊下に立っている。
背後から廊下の照明に照らされて容姿が真っ暗でよく見えない。
遠目に父が確認できたのは背丈が1m程で3~4歳位、おかっぱ頭。
声も考えると幼女だろう。
そして黒い子供はそのままサッと霧のように一瞬で姿を消してしまった。
姿が消えた直後、部屋の中から啜り泣く声が聞こえてきた。
入口手前に寝ていた中学生姉妹の妹だ。
彼女は子供を目の前に見ていた。
それが消え去った安心感と現実離れした恐怖で堰(せき)を切ったように泣き出した。
妹の足下にいた男子中学生はまともに子供の姿を見てしまい、布団を被ってガタガタと震えていた。
父は念のため廊下に出て子供の姿を探したが、それらしい姿は見えない。
その後、父は探すのを諦めて朝まで眠った。
翌日の朝食時、父は昨晩のことを参加者達へ訪ねた。
父兄や子供達からは回答はなく、該当者も見つからなかった。
そして練習後に合宿は解散し、父は我が家へ帰宅。
父が「人生6X年間生きてきて、初めて恐怖体験したぞ~」とビールを片手に上機嫌で話すので、笑い話と勘違いして聞いてしまい後悔・・・。
~後日談~
合宿後、施設を手配した父兄のオバサンから聞いた話。
昔々、温泉では源泉が枯渇しかけた時に幼児を人柱に立てて埋めた。
鎮魂するために碑も建てられた。
上記の話を施設の職員に聞いたオバサンは、自分の孫も参加させたかったけど取り止めたそうだ。