師匠の失踪について書いておく。
俺が3回生(単位27)の時、師匠はその大学の図書館司書の職についていた。
その頃、師匠はかなり精神的に参ってて、よく「そこに女がいる!」とか言っては、何も無い空間にビクビクしていた。
俺は何も感じないが、俺は師匠より霊感がないので、師匠には見えるんだと思って一緒にビビっていた。
変だと思いはじめたのは3回生の秋頃。
師匠とはめったに会わなくなっていたが、あるとき学食で一緒になって同じテーブルについたとき、「後ろの席、何人見える?」と言いだした。
夜九時前で学食はガラガラ。
後ろのテーブルにも誰も座っていなかった。
「何かみえるんすか?」というと、「いるだろう?何人いる?」とガタガタ震えだした。
耳鳴りもないし、出る時独特の悪寒もない。
俺はその時思った。
憑かれてると思いこんでるのでは?
俺は思いついて、「大丈夫ですよ。なにもいませんよ」と言うと、「そうか。そうだよね」と安心したような顔をしたのだ。
確信した。
霊はここにいない。
師匠の頭に住みついてるのだ。
『発狂』という言葉が浮んで、俺は悲しくなり、無性に泣きたかった。
百話物語りもしたし、肝試しもしまくった。
バチ当たりなこともいっぱいしたし、降霊実験までした。
いいかげん取り憑かれてもおかしくない。
でも多分、師匠の発狂の理由は違う。
食事をした3日後に師匠は失踪した。
探すなという置手紙があったので動けなかった。
師匠の家庭は複雑だったらしく、大学から連絡がいって、叔母とかいう人がアパートを整理しに来た。
すごい感じ悪いババアで、親友だったと言ってもすぐ追い出された。
師匠の失踪前の様子くらい聞くだろうに。
結局それっきり。
しかし、俺なりに思うところがある。
俺が大学に入った頃、まことしやかに流れていた噂。
『あいつは人殺してる』
冗談めかして先輩たちが言っていたが、あれは多分真実だ。
師匠は、よく酔うと言っていたことがある。
師匠:「死体をどこに埋めるか。それがすべてだ」
この手のジョークは突っ込まないという暗黙のルールがあったが、そんな話をするときの目がやたら怖かった。
そして今にして思いぞっとするのだが、師匠の車でめぐった数々の心霊スポット。
中でもある山(皆殺しの家という名所)に行ったとき、こんなことを言っていた。
師匠:「不特定多数の人間が深夜、人を忍んで行動する。そして怪奇な噂。怨恨でなければ個人は特定できない」
聞いた時は何を言っているのか分らなかったが、多分師匠は心霊スポットを巡りながら、埋める場所を探していたのではないだろうか。
俺がなによりぞっとするのは、俺が助手席に乗っているとき、あの車のトランクの中にそれがあったなら・・・。
今思うと、あの人についてはわからないことだらけだ。
ただ『見える』人間でも、心の中に巣食う闇には勝てなかった。
性格が変わったあのそうめん事件のころから、師匠は徐々に狂いはじめていたのではないだろうか。
師匠の忘れられない言葉がある。
俺がはじめて本格的な心霊スポットに連れて行かれ、ビビリきっているとき師匠がこう言った。
師匠:「こんな暗闇のどこが怖いんだ。目をつぶってみろ。それがこの世で最も深い闇だ」