知り合いから聞いた話。
社の裏に小さな鏡池がある。
その中に、子供の椅子程の石馬が沈められている。
霜月の終わり頃、池の水が干されて、石馬が現れる。
『ああ、今年は大丈夫だ。相変わらず、だな。』
人々が何となく、ほっとしたような会話を交わす。
毎年、東に顔を向けて沈められるのに、年によっては北を向いたり、倒れたり。
そんな時は良くない事があると言う。
池から引き上げられた石馬は、井戸水できれいに洗われた後、白い布で丁寧に身を拭われ、若者たちが担ぐ輿の上に乗せられる。
「駒や駒歩んで雪ン子連れて来い山から雪ン子連れて来い布団も一緒に持って来い♪」
子供たちがそう囃し立てる中、輿は里を一巡りし、社の中へ戻される。
里の人は、それを待って、御供えに願い事を書いた小さな旗を添えて奉納する。
今宵、社の扉は一晩中開け放たれるが、人は日暮れから夜明けまで表へ出られない。
駒に乗って遊ぶ雪ン子を、驚かせては可哀想だから。
次の日、石馬は再び池の中に戻される。
『御苦労様。また来年。』
そんな言葉を掛けられながら、水嵩の増してくる池の中へ消えて行く。
それから幾日かすれば、里に風花が舞い始め、やがて辺り一面、綿帽子を被ったようになる。
ふんわり雪の布団に覆われて、山も田畑も春まで暫しの眠りに就く。