子供の頃、夏のお祭りに『見世物小屋』の興行がありました。
『見世物小屋』と言っても、みなさんが期待するような『身体障害者を晒し物にする』のではなくて、健常者が妖怪に扮装して見物客を脅すという内容でした。
つまり、ただの『お化け屋敷』です。
掘立て小屋の正面には、おどろおどろしい絵と描き文字で「恐怖、満月の狼男!」「フランケンシュタインは実在した!」「蛇女、現る!」と描かれた看板が立ててあり、下世話な好奇心を煽り立ててくれます。
私は親の反対を押し切って、友人たちと一緒に見世物小屋に入りました。
小屋の中は仕切り壁で作られた部屋がいくつも並んでいて、見物客は順路に沿って鉄格子の隙間からそれぞれの部屋を覗いていくという、本当にただの『お化け屋敷』でした。(本当の『見世物小屋』は、サーカスのように観客席と舞台があり、フリークスたちが舞台の上で芸を披露する)
それぞれの部屋の鉄格子の向こうに、付け髭が半分浮いている狼男や短身小太りのフランケンシュタイン、ニシキヘビを首に巻く中年蛇女がいました。
彼らのいかがわしさはどこかユーモラスで、特に中年蛇女は「おまえら全員、頭から飲み込んでやるぞッ」と脅してくるくせに、私たちが鉄格子の隙間から手を入れて蛇の頭を触ろうとすると、「噛まれるから触っちゃだめッ!」と注意してくれる優しい方でした。
私たちはニコニコと笑いながら見物することができました。
通路の角、雰囲気を壊す『誘導灯(非常口)』の下に白装束に身を包んだ女性が腕を組んで立っていました。
年齢は若く、かなり美人でした。
どうして彼女だけが部屋の中ではなく通路の途中にいるのか分かりません。
誘導灯の緑の明かりに照らされたその姿に、私は幻想的なものを感じましたが、友人たちはとても無気味だと震え上がっていました。
「この女の人の幽霊、こわい・・・・・・もう行こう・・・・・・」
友人たちはそそくさと移動してしまいました。
私は離れ難いものを感じていましたが、友人たちと離れるわけにはいきません。
後を追いかけようと彼女に背を向けました。
そして足を数歩踏み出したその時、背後から何者かにTシャツの裾を下に引っ張られたのです。
振り向くと誰もいません。
そう、幽霊役の女性以外は・・・。
しかし彼女とは2メートル近く離れています。
手を伸ばしても私に届くわけがありません。
気を取り直して再び足を踏み出すと、また裾を下に引っ張られました。
再び振り向いても、やはり女性以外は誰もいません。
しかも彼女が移動した様子もありません。
腕も組んだままです。
「どうしたの、ボク?」
女性は目を細めてフフフッと薄く笑っています。
私は「何でもない」と言ってもう一度足を踏み出すと、またギュッと下に引っ張られました。
その時ふと、あの女性は見世物小屋の出し物ではなくて、本物の幽霊なのではないかという疑いが脳裡をかすめました。
出し物ではないから、部屋ではなくて通路の途中にいるのでは?
私の鼓動は激しくなり、足もガタガタと震え始めました。
ふと脳裡をかすめた疑いは、何の証拠もないのに確信へと暴走していきました。
そうだ、そうに違いない。
あの女性は、幽霊なんだッ!
女性:「ねぇ、ボクぅ・・・・・・」
しなだれるような甘い声をかけられて、私は一気にパニック状態になりました。
私:「う、うわぁぁぁー――――ッ!幽霊が出た、幽霊が出たぁッ!」
女性:「なに、この子?へんなのッ!アハハハハハッ!」
私が悲鳴をあげると、女性は高笑いをあげました。
正面の出口に向かって駆け出します。
走っている間も、裾は下に引っ張られたままです。
私の異変に気付いた友人たちもつられて駆け出しました。
私:「幽霊が出た、幽霊が出た!」
出口を抜けると、引っ張る力がフッと抜けました。
助かった、心からそう思いました。
おじさん:「みんな、おいで!」
おじいさんが私たちに手招きしています。
おじいさんは「ご苦労様」と言って、友人たちに綿菓子を配りました。
おじさん:「ボクたち、何が一番怖かった?」
友人たちはみんな、女性の幽霊が一番怖かったと訴えました。
おじさん:「はは、おじさんトコは『見世物小屋』だからね。幽霊なんていないよ。何かの見間違いなんじゃない?」
友人たちは互いに顔を見合わせ、悲鳴をあげました。
「幽霊が出た。本物の幽霊が出たっ!」
しかし、私は見てしまったのです。
おじいさんがニタリと笑うところを・・・。
おじいさんの笑みは、悪戯が成功した時に洩らしてしまうそれと全く同じでした。
私は直感的に、あの女性はやはり普通の人間で、幽霊うんぬんはこのおじいさんの悪戯なんだ、子供たちの悲鳴を客寄せに使おうとしているんだと理解しました。
私のTシャツの裾を引っ張ったのも何かのトリックに違いありません。
私は安堵するとともに、利用されたことへの憤りと勝手な妄想で女性を幽霊にしてしまったことへの照れくささを感じました。
そのおじいさんが私の許に綿菓子の袋を二つ持って近づいてきます。
おじさん:「はい、これはボクの分。ねぇ、妹さんはどこに行ったの?」
私:「えっ?妹って・・・・・・」
おじさん:「ほら、白い浴衣を着てさ、出口のところまでボクの後ろにピタリと付いて、服の裾をギュッて引っ張っていたじゃない?妹さんにも綿菓子をあげたいんだけど、もう帰っちゃったのかな?」
私に妹はいませんし、あの時周りに小さな子はいませんでした。
おじいさんが見たという私の妹とは、誰のことなんでしょうか?