これは私が看護婦として就職してから1年余りたったころの話です。
私は産婦人科へ配属されました。
産婦人科ですから人の死は少ないと思われるかもしれません。
ですが婦人科の病気で死を迎える人も少なくないのです。
病院ですからこの手の話のちらほらききますが、まさか自分たちが体験するとは思いませんでした。
子宮ガンで末期の人が入院していたことがありました。
これ自体は不思議でもなんでもありません。
この方は腫瘍の圧迫と疼痛とでトイレに付き添う必要があったのですが、古い病棟だったので、その人がいた個室から一番近いトイレはシャワー室の横のトイレしかありませんでした。
こういっては何ですが、ナースコールはかなり頻繁で、しかも精神的にも薬を内服しているような方でしたので、用も長く、終わるまでトイレの前で待っていると、夜中などは人手がとられてしまします。
トイレまで、お連れした後は私達は一旦詰め所へ戻り、彼女にはトイレの中の緊急ナースコールで用が終わったことを知らせてもらってから、迎えにいくようにしていました。
しかし、最後は体力も低下し、トイレにいけない状態になり親族に見守られて静かに息を引き取られました。
その方が亡くなって間もないある夜勤のこと。
その日は先輩がベビー室勤務、私が外回りでもうひとり、助産婦さんとの組み合わせでした。
明日の検査の準備をしているとトイレからナースコールが鳴りました。
気分が悪くなった患者さんが鳴らすことがあるので私はすぐにランプを確認しました。
シャワー室です。
よほどトイレが込んでいなければあまり使われないのですが、たまたま洗浄機つきのトイレが使用中のため、わざわざそこまで行って気分でも悪くなった患者さんかもしれません。
私は懐中電灯片手に急いでいってみました。
しかし、誰もいないのです。
今では取り壊されていますが、30年以上前に建てられた病棟です。
その時はきっと故障だろうと思い、詰め所に戻りました。
・・・・・・するとまた鳴ります。
「本格的に故障だわ」
そう思いつつも、一応そこへ安全確認に行きました。
やはり誰もいません・・・。
ただ、なにか生臭いようななんともいえない、しかし覚えのある臭いがしました。
その後仮眠に入ってから出てくると先輩たちがなにやら話し込んでいます。
「あのね、トイレのナースコール変じゃない?」
私が仮眠に入っていた間も何度も鳴っていたというのです。
「それにね・・・・・・なんか、死臭がするんだよね。ホラ、末期の人って腫瘍から悪臭のするおりものが出てさ、独特の死臭がするじゃない?」
その言葉に3人とも黙り込みました。
・・・あの人に違いない。
毎日頻繁にそのトイレを利用していた前述の患者さんはやはり「死臭」を漂わせていたのです。
しばらくの間病棟内ではその話が囁かれていましたが、やがてナースコールも鳴らなくなり、その病棟も今年取り壊されました。
なぜ彼女は亡くなってからも、トイレにこもっていないといけなかったのでしょうか?
なんだか気の毒に思えて、私は彼女の冥福を祈りました。